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閑話(33)

「尚紀が起きられないみたいで」  二月上旬の寒い朝。庄司からそのような連絡が入った。ちょうど土曜日で、廉は朝食を摂って部屋の掃除をしようと思っていた矢先だった。  聞けば、今日は午後から撮影の予定が入っていたが、尚紀から体調が悪く起きられないと連絡が入ったという。  仕事の方はスケジュールの仕切り直しが可能であるようだったが、まさかの事態に、庄司が動揺していた。ここまで体調が悪化することは、これまでなかったという。  尚紀の意識はあるらしいが、身体がおそらく悲鳴を上げているのだろう。騙し騙し体調を整え仕事をするのも限界といえるのかもしれない。  廉はそんな印象を持ったが、当の庄司が心配しているのは、それよりも少し違うらしい。 「尚紀も……もしかしたら、少しずつ体力を削がれて、起きられなくなるかもと考えると……、もう心配なんです。柊一さんのこともあったので……」  廉には初めて耳にする名前があった。 「シュウイチさん?」  突如として登場した名前を脳内で巡らすが、記憶にない。  すると庄司はしまったといった反応を見せた。 「尚紀の知り合いの方ですか?」  廉がそう問いかけると、ええ、まあと濁す。 「尚紀が長く一緒に住んでいた同居人の方です」  そんな話は初めて聞いた。尚紀には同居人がいたのか。……いや、長くとは……一体。番はどうしたのだ。  シュウイチという人物は、一体どんな人物なのか、いつのことなのか、その人物と尚紀との関係性は、いまその人物はどうしているのか、なぜ一緒に住んでいたのか……。一緒に住んでいたシュウイチという名前を聞いただけで、廉の脳裏には疑問が広がったが、その衝撃をかろうじて抑えた。  もしかして、これは野上が止めた過去の話かと思い当たったのだ。 「尚紀の過去は彼が言い出すまで聞かないこと。あの子を悪戯にかき乱さないで」  野上の抑止が思考を過る。  突っ込むか否か、一瞬躊躇ったが、ここで聞かない手はないと思う。 「シュウイチさんのケースみたい……というと、彼も今の尚紀のような症状だったと」  庄司はあっさりとええ、と頷いた。 「番を亡くして、身体の跡は残ってしまって、番がいない発情期を苦労して乗り越えていました。尚紀はそんな彼を世話していたんです」  初めて知った、尚紀の過去。世話というが、それは看病みたいなものか介護みたいなものか。想像がつかない。廉が衝撃を受けていると、庄司がそこに言葉をかぶせた。 「その話はともかくとして、お医者様に診てもらうことは説得します」  最悪、騙してでも連れて行きますと庄司は言った。

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