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閑話(36)

 廉の連絡に、庄司から早速電話がかかってきた。内容は、大学病院に初診の予約をとってくれた礼と報告だった。  診察が月曜日となると、この週末を尚紀一人にさせることになる。それは避けたいので、自分が尚紀の自宅に泊まり込む、という話だった。  庄司は尚紀以外にもマネジメントをしている様子なので多忙だ。そんな彼女が、尚紀の看病まで抱えたら大変だろう。 「彼をうちに連れてきてください」と廉は提案した。  さすがに躊躇う庄司に、廉は説得を試みる。 「尚紀を一人にさせられないのであれば、私なら週末は家にいますし、面倒は見られます。自分としてももう見守るのも限界なので。  弱っている尚紀をどうにかしようとか、いくらなんでも思わないので、そこは信用してください」  そんな、と庄司は少し慌てた様子。 「ここまでしていただいて、江上さんをそんなふうには思いません。  ただ、尚紀が納得するかなって思いまして……」  廉は苦笑した。 「それはありますね」  あの義理堅い性格だ。おそらく正攻法に提案しても首を縦には振らない気がする。  廉は少し考える。 「ならば、病院に行くと連れ出してください。ことは急を要します。少し強引ですが、回復するまでです。納得してもらいましょう」  いずれ病院に行くことは間違いないのだ。  うちで週末に休んでもらって、その間に受診を説得すればよい。 「まあ予約は明後日ですが……、病院に行くことには変わりありませんね」  庄司がそう言うと、廉も頷いた。 「そういうことです」 「承知しました。  それでは、申し訳ありませんが、尚紀をよろしくお願いいたします」  廉も、承知しましたと頷いた。  その日の午後、尚紀は庄司によって巧みに自宅から連れ出され、廉のマンションに移った。  庄司からは本当に病院に行く、と言われたらしく、辿り着いた場所が病院ではなくて、しかも廉がいたのが驚きだったようで、大きな目をさらに見開いて言葉を失っていた。  騙すつもりはなかったというのは嘘ではないのだが、そんなに驚かれると罪悪感もわずかに湧く。  尚紀は驚きつつもなにか言いたそうな表情をずっと浮かべていて、それでも素直に廉の部屋まで運ばれた。  玄関奥のリビングのソファに座らせ、コートを脱いだら寒々しいパジャマ姿だった尚紀を気遣って毛布を掛けてやる。  ……庄司はかなり強引に連れてきた様子。ありがとうございます、の一言も少し複雑な表情で言われた。 「怒ってるね?」  廉が探るようにそう聞くと、口をへの字にして、尚紀はいえ、と言った。だけどわからないことばかりだと続けた。    困惑している尚紀に、廉は庄司と連絡を取り合って、尚紀をサポートできるタイミングを探っていたと話した。  尚紀にとっては全くの想定外だったようで、終始驚いていたが、覚悟が座ると彼は切り替えが早い。 「尚紀の意向を俺は完全に無視した。騙すようなことをして悪かった」  廉が素直に謝り、それでもしばらく回復するまでいてほしいと説得すると、すべてに納得したわけではないのだろうが、最後は折れてくれた。 「すみません……お世話になります」  しかし、本題はここからだった。  病院に行こうという話をすると、彼は再び身を硬くしたのだ。  やはり前回の診察がよほど堪えているらしい。 「もう嫌になっちゃっうよね?」と共感すると、彼は毛布を引き上げて、それでもコクリと小さく頷いた。  やはり尚紀には信頼関係が構築できるドクターが必要だと廉は思う。 「尚紀の今の体調だと、やっぱり診てもらったほうがいいと思うんだ。  気が乗らないのは分かるよ。だけど、今度はちゃんとした病院だし、信頼できるドクターだから。安心してほしい。  患者を診ないで薬だけ出すようなことは絶対にしないから。そこだけは信頼して」  廉の畳み掛けるようなしつこい説得に、半分根負けか、最後には尚紀は頷いてくれた。 「わかりました。廉さんが、そう仰るなら……」  廉としては、自分が想定した通りの展開となったのだが、どうしても尚紀を強引に自分の思い通りに動かそうとしている気もしている。  尚紀はどこの病院に行くのかといったことも聞いてこなかった。強引さに呆れているのかもしれないと廉は思った。

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