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閑話(40)
「そうね、尚紀と番う者として、私が知っていることを、貴方に話してもいいわ」
野上の態度は軟化した。どういう心境の変化かは分からないが、廉にとって有難いことだ。
人を使い尚紀の過去を調べるつもりだったが、きっと限界はあるだろうし、なにより調査にはとっかかりが必要だ。自分自身の調査力と人脈にある程度の自信はあったが、すべてを詳らかにするにはそれなりの時間がかかることも覚悟していた。
「ありがとうございます」
廉は素直に礼を言った。
「まずはその柊一さんだけど……」
廉が颯真に呼ばれて診察室に入ると、すでに尚紀の姿はなかった。
颯真による診察は終わったが、手続きなどで説明書類なども多いようで、看護師に連れていかれてしまったとのこと。しばらく戻ってこないらしい。
「彼、早ければ今週中にも発情期がくるな。来たら入院してもらうことにした」
颯真によると、尚紀は発情期の症状が重いタイプで、医師の管理の元できっちりコントロールする方が楽に乗り越えられるとのこと。
その言葉に廉はすんなり頷いた。
「わかった、よろしく頼んだ」
廉にはずっとひた隠しにされていた発情期だが、颯真が面倒をみてくれるのであれば、これ以上に心強いことはない。
颯真が頷いた。
「もちろんだ」
すると白衣姿の颯真が廉を見た。これまであまり白衣姿の親友を見たことがなかったため、どこか不思議な感覚。
「お前が白衣を着てるの、なんか不思議だな」
廉の呑気な感想に、颯真も苦笑する。
「それは、お前が見慣れていないだけだろ。
……この間、尚紀さんとは形はどうあれ一緒になりたいと言っていたな」
「うん」
「彼の前の番については何か聞いてる?」
ふと廉の視線が颯真と交差した。
廉は首を横に振った。
「いや、聞いていない、彼からは何も」
そうか、と頷いて颯真は吐息を漏らした。やはり彼も尚紀から話を聞いて、番のことが気になるのか。
「いや、単純に知ってればと思っただけなんだ」
廉が颯真の診察室を出て、しばらく待っていると、看護師に連行されていた尚紀が書類を抱えて待合ロビーに戻ってきた。
先ほど、離れるときには心細そうな表情を浮かべていたが、今は違った。
「尚紀が穏やかな顔になった」
廉が思わずそう感想を述べてしまうほどに尚紀の表情には変化があった。
尚紀からすると相手が颯真だったのはとても驚いただろう。きっと親友は職務を全うしてくれるだろうが、尚紀はどう思うかが心配だった。だけど、今の尚紀の表情は、すべて杞憂だったとはっきり分かるような変化だった。
「ちゃんと話を聞いてもらえたみたいだね」
「はい。颯真先生とお会いできてよかったです。廉さん、ありがとうございます」
尚紀ははにかみ、礼を言った。颯真のことを「颯真先生」と呼んだ彼の中でどのような心境の変化があったのかは察することができる。
尚紀は自分の親友を医師として主治医として信用してくれたということだ。
よかった、と心から安堵した。
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