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閑話(43)

 夏木が一番最初に番契約を結んだのは、その柊一という人物。尚紀はその後だったという。  廉の脳裏に浮かんだ疑問を咄嗟に口にしてしまった。 「尚紀もどうして他に番がいるアルファと番契約を結んだのだろう……」  尚紀は相手に番がいることをすべて含んで、それでも良いと判断したのか。  また夏木はどう思ったのだろう。尚紀を番にするという時点で、自分の番……柊一のことが過らなかったはずはない。いや、もしかしたら柊一も承知済みだったのか。それならば、柊一ともう一人の番との関係が良好であったことは理解できる。  予想外の事実に、廉は混乱していた。 「何を考えて、なんて、本人に聞いてみないとわからないけれど……。そうね、傍目からは尚紀にとっては仲間がいるといった様子に読み取れたわ」  仲間か……。  廉は考え込んだ。同じ番を分け合うライバルというより、むしろ同じ環境で生きる仲間といった感じだったのだろう。そういう考えに至ると、少し尚紀らしいなと廉は感じた。  そして、わずかに感じた尚紀らしさにホッとした。  廉は認めざるを得なかった。こうして野上に尚紀の過去を調べると宣言してなお、迷っているのだと。想定以上に尚紀の過去は過酷そうだ。それを自分が知って、却って二人の関係に弊害にならないだろうか、それだけを危惧している。 「正直、少し戸惑っていました。……いや、迷っていました。尚紀の過去を知るのは、興味本位や無闇に暴きたいわけではないですし、自分の度量が足らず受け止めきれないのであれば、最初から知らない方がいい。くだらないミスで尚紀を傷つけたくはありませんから」  そう、一人のアルファを三人のオメガが分け合うという環境はかなり特殊で、廉は正直尚紀の過去を受け止め、飲み込み、そして腹にずっと収めることができるのか、少し自信が持てなかった。  情けない、自分の器の問題だ。  すると、野上が意外なことを言い出した。 「尚紀は、夏木に対しては執着がなかったみたい。逆に、柊一さんやもう一人の番のことはとても大切にしていたようよ。よく三人で誕生日を祝っていたもの」  それは、番が誕生日を一緒に過ごしてくれないという事実の裏返しのようにも読み取れる。  廉は咄嗟に悟った。  そうか、そういう関係性だったのか。 「尚紀にとっては、夏木氏より柊一さんともう一人の番が大事と……?」  野上は頷いた。 「まあ、そこは理解はできるのよ。尚紀にとって、二人の番は身内のようなものだった」  きっと夏木よりも身近な、ね、と野上が呟く。  野上の言葉は四人の関係の実態に近いのではないかと思った。きっと庄司や尚紀自身からも話を聞いてきた上での見解のだろうから。 「逆に、番の夏木氏と尚紀の関係は良好ではなかったのですか?」  廉がそう言うと、野上は首を傾げた。 「もともと番が三人いる状況下でどう良好か不良かを第三者が判断するのは野暮な話よ。  だけど、尚紀にとって夏木は、畏怖、の対象であったような気がするわ」  また、驚く言葉が出てきた。  畏怖。  廉はすっと気持ちが引き締まる。  尚紀にとって夏木は畏れの対象だったというのか。 「この間、彼が私に言ったわ。夏木は番であっても愛情はなかったと」  尚紀の言葉は重い。野上は続けた。 「発情期以外は放置だったとも聞いている。それでいいと尚紀は言っていたわ。おそらく、あの子は夏木が怖かったんじゃないかしら」

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