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閑話(44)

 尚紀に再会し、調べていくなかで彼が番を持っていたという事実を目の当たりにして、廉は戸惑った。自分にとって彼は唯一の番だったし、彼にとってもそれは同じだと思ったからだ。  番関係とはそのようなものだと廉はずっと思っていた。当然尚紀は番を愛していて、死が二人を分ったとしても、愛情と執着はまだあるものだと思っていた。尚紀が、発情期であることも、発情期そのものを隠したのも、それゆえだと理解していた。  尚紀の心の傷は、番を失ったことによるもの、と疑わなかった。 「私は、これまで……尚紀と夏木氏は愛し合って番契約を交わしたと思っていました」  混乱しかけている廉の言葉を野上は受け止める。 「きっかけは分からないわね。  ただ、夏木は番たちを放置していたし、尚紀も夏木を畏怖して近寄ろうとはしていなかったことは事実」  廉を、野上はすっと見据える。それはまるで反応をすべて見極められているようで……。  廉はどう反応するべきか迷った。  自分が思っていたよりも尚紀と夏木の絆は薄いから、これからはもっと尚紀に対して積極的になっても傷つけることはなさそうと察した一方で、なぜそのような過酷な番契約を交わしたのだと、その事実を目の当たりにしたショックもあった。  尚紀の苦痛や苦悩は、己の身に跳ね返る。  尚紀はその畏れの対象に、七年に及ぶ番契約を強いられた。そして死後もそれが継続されたまま。  すると、野上は少し吐息を漏らした様子。 「尚紀と出会ったのは、十九歳の時だったかしら。なにも分からずに連れてこられた様子で、モデルという仕事に戸惑っている様子だったわ」  それがナオキとの出会いだったという。 「夏木はその時、ナオキにこう言ったの。経済的に自立をしたいか、と。迫ったの。番を試すかのような言動をする夏木と、それに好戦的な瞳で返すナオキ。ちょっと普通ではない関係なのねと思った」  尚紀にとって、夏木の庇護と受けないというのは、ある意味の救いではあったみたい、と野上は言った。なるほど、そういう関係だったのか。 「ねえ、今日はあなたにこれを伝えようと思っていたわ。尚紀は昨年事務所で貴方と再会した後、私になんて言ったと思う?」  野上が廉を見た。廉は答えなかった。 「知らない方が良かった。僕はもうあの人の番になる資格がないんです、って言ったのよ」  廉は驚く。  尚紀はやはり廉を番と認識していたし、番になることを望んでいるのだ。そう聞こえる。だけど……。  俯いて目を閉じた。 「それは、項の跡を気にして……」  自分が会いにいって、尚紀はどれだけの絶望を感じたのだろう。これまでの彼の言動が廉の脳裏を巡った。 「尚紀にとって初恋の人にあそこまで情熱的に求められて、なのに感情的なブレーキがかかったんだもの。それ以外考えられないでしょう」  廉の思考が止まる。 「初恋の相手……?」

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