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閑話(46)

「彼、頑張ってるよ。発情期、もうじき抜けると思う」  颯真からそんな連絡が入ったのはそれから数日後、週明け月曜日の夜だった。 「本当か。よかった……」  実感がこもった安堵感があった。  尚紀の過去を知ることで、廉から見える彼を巡る世界が大きく変わった。あの時どうして尚紀があのような行動をとったのか、理解できるようになった。  番を亡くし、項に跡が残るオメガにとって、発情期は番との逢瀬のように感じられることもあるらしいので、尚紀はそのために発情期を見せたくないのだ……いや、端的に言えば邪魔されたくないのだと思っていた。その気持ちを汲んで、自分は、まだそこに深く立ち入るべきではないとさえ思っていた。  しかし、違ったのだ。おそらく尚紀は、単純に好きな相手である自分に、昔の番の影響が残る発情期を見せたくなかったのだ。それは尚紀にとって、不本意であり、辛いものであるから。  もし自分が彼の立場でも、見てほしくないと思う。  誤解していたとはいえ、関わってほしくないという態度に、いじける気持ちも僅かにあったので、子供っぽい対応をしていなかったかと己の言動を振り返る。 「しばらくしたら彼からも連絡が入るとは思うけど、とりあえずお前には速報で知らせておこうと思ってさ」  親友の心遣いに廉は感謝する。 「退院はどうするんだ? 迎えに来るのか?」 「もちろん、迎えに行くよ」  食いつき気味の廉の反応に、颯真は察した様子。 「あは、もう一緒に住んじゃえよ」 「尚紀が納得してくれたらな」  ああ、そうかと廉は思う。尚紀はここに一時逗留していただけなのだと改めて思う。すっかり一緒に住むつもりだったのだが、まずはそこからだ。  とはいえ、すでに書斎には簡易ベッドを持ち込んだし、一緒に住む準備は整っている。今更住まないという選択肢は廉の中にはない。  そんな廉への颯真のアドバイスは端的だ。 「納得するように説得しろ」 「アルファは怖いな」 「お前もアルファだろ」  要は丸め込んでしまえということか。  こういうアルファに見そめられた潤は大変だなともう一人の親友の姿を思い浮かべる。  いや、自分も大概か。 「俺だって、主治医として一人にさせるより安堵感が違うしな」  なるほど。そういう側面か。 「利害の一致だな」  廉は苦笑した。 「なあ、退院祝いは何がいいかな」  なんなら退院祝いとともに告白もするつもりだ。廉のそんな意図を含んだ問いかけに、電話の向こうの颯真は即答した。 「花束一択だろ。それできちんと告白しろ」  廉は驚く。……いや、告白は考えていたが。 「花束かよ!」  それはあまりにハードルが高くないかと思ったのだ。 「バラの花束にしろ」  しかも、品種指定だ!

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