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閑話(48)
翌日の昼。
廉は昼までの仕事もきっちり終わらせ早めに切り上げ、品川駅から京浜東北線に乗り込んだ。そして横浜駅で乗り換えてみなとみらい線へ。
こんなに気持ちが逸るような道のりはなかった。早く尚紀に会いたい。たかだか一週間ほど会わないだけだったのに、こんなに恋しい。会ったら何を話そうと思うが、そんな楽しいことを考えていると顔が緩んでしまいそうで、慌ててここは電車の中だと気持ちを引き締める。
これから尚紀を説得する必要はあるが、それでも二人の新生活が始まるのだ。浮かれないわけがない。
みなとみらい駅で降りて、改札から地上に上がり、誠心医科大学横浜病院へ。約束の時間よりも少し早めに到着し、一足先に会計窓口でこれまでの入院費用を支払った。
尚紀とは昨夜かなり強く拒絶されてしまったのだが、説き伏せた。今回の発情期に自分はなにもできなかったので、このくらいはさせてほしいというのが本音なのだ。
「尚紀さん、すげー困惑してたぞ」
昨夜遅く、颯真が面白おかしい様子で連絡してきた。このくらいの入院費は尚紀だって支払えることは百も承知しているし、もとより金額の問題ではない。廉はこれから尚紀の身に降りかかる元番のあれこれに対して、きちんと自分も関わりたいと考えていた。尚紀一人に負わせたくはないから、引くつもりはない。とはいえ、この決意は尚紀には言えないので、少しずつ擦り合わせていくしかないだろう。
「廉さん……!」
尚紀はすでに準備を整えていた様子で、廉が到着の連絡を入れると、すぐにロビー階に降りてきた。颯真も付き添っている。
呼びかけた尚紀の表情はキラキラと輝いていて、廉は目が離せなくなる。
「尚紀!」
すると尚紀が駆け出して廉に飛びついてきたのだ。
「廉さん!」
ふわりと届く、尚紀の香り。帰ってきてくれたと、その腕にかかる重みと香りで実感する。
「ただいま……です」
そう照れ臭そうに、でも素直な表情で言ってくれる尚紀に、どうしようもない愛おしさが込み上げて、廉はぐっと腕に力を込めて彼を抱き寄せる。
……ああ。帰ってきてくれた。
「おかえり。尚紀が帰ってきてくれて嬉しい」
廉も、素直に心情を吐露する。
最後まで尚紀に寄り添ってくれた親友の颯真とも、尚紀は挨拶を交わした。尚紀が颯真に寄せる信頼感は見て分かるほどで、少しだけ妬ける。
廉は尚紀とともに中目黒の自宅を目指した。
タクシーに乗り込んだ頃から尚紀の表情が緊張で硬いのは、なんとなく分かっていた。おそらく尚紀のことだから、自分のマンションに帰るタイミングをはかっているのだろうと思うが……。
そんな尚紀の本音が分かるからこそ、廉は勢いで尚紀を部屋に連れ込んでしまおうと思っていた。
なし崩し的に同居の同意をとるという作戦だ。荷物を部屋に運んでしまうのも手だな……などと考えていたら、スマホが震え、メールの着信を知らせた。ジャケットからスマホを取り出して確認すると、予定通り。
メールの送信元は、ここ暫くやり取りをしていたフワラーショップ。注文の品をマンションエントランスの宅配ボックスに投函した、という完了メールだった。
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