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13章「二十六歳、僕は今幸せです……」(1)

 廉と一緒に暮らし始めて一ヶ月程が経ち、季節は確実に冬から春へ移ろいを見せている。  二人が住むマンションの近くには目黒川が流れており、その川沿いの桜並木は春のお花見の名所だ。川沿い両側に多くのソメイヨシノが植えられており、桜の満開時には、花がまるで桜色のトンネルや天井のように見えるという。廉の話では、毎年多くの人々が、その圧巻の風景を見物に立ち寄るそうだ。 「そんな風景すごいですね! ぜひ見たいです」  いや、そんな風景を廉と一緒に見てみたい。青空の下では、桜色が映えるだろう。  尚紀は期待に胸を弾ませたが、廉は少し苦笑ぎみ。 「なにしろすごい人だからな。尚紀が俺の眼鏡をかけて変装するなら、見に行こう」  そう言われて尚紀は驚いたが、いつだか廉に言われたことを思い出す。  六本木ヒルズの展望室で、目立っていることに気が付かなかった尚紀を、廉はさりげなくフォローした。その時に、彼は尚紀が気が付かないことは一緒にいる俺が気がつけば問題ないことだと言ってくれた。  それも思い出だが、そんな心配は、大切にしてくれているから。心配してくれる人が身近にいる幸せを噛み締める。    その桜の時期はもうすぐ。  三月二十日。  尚紀は、二十六歳の誕生日を迎えた。  思えば、誕生日を「特別な日」と捉えるようになったのは十八歳の時から。西家の人々にあまり祝ってもらった記憶はなく、柊一と達也、二人からのお祝いはとても嬉しかった。  二年前の二十四歳の誕生日は、柊一と一緒にすごした。まだ、夏木の番としての三人の関係は良好で安定していたが、その時は達也が発情期で不在だったため、柊一に祝ってもらったのだ。  柊一は料理が不得意なので、尚紀はそのときにピザをリクエストし、簡単なサラダやデリバリーのピザ、そして彼が手配してくれたホールのバースデーケーキが食卓に並んだ。ケーキは柊一が吟味して選んでくれたもので、ろうそくに火を灯して、バースデーソングを歌ってくれた。  オメガ三人のバースデーとは、そのようなものだった。夏木は期待できないし、端から望んでもいなかったから、三人で補完しあっていた。  しかし、その翌年の二十五歳の誕生日は、気がついたら過ぎていた。  その前年の七月、達也の誕生日に番の夏木真也が急死した。まさか番を失う経験などするとは思わず、呆然とし、途方に暮れた。  番がいなくても三人の絆は変わらないと信じていた。だが、それはあまりに脆く簡単に崩壊し、その年の年末、達也が部屋を出て行った。  そこからが怒涛だった。柊一が少しずつ体調を崩していき、仕事が手につかなくなっていった彼を支えながら、気がついたら年度が変わり、桜は葉桜に変わっていた。  あの頃は、柊一の乱高下する体調とメンタルに振り回されていた。仕事は順調でキャリアを着実に重ねていたが……、いわばそれだけが救いだった。  そして今は、初恋の人である江上廉と一緒に暮らしている。彼が尚紀に気持ちを打ち明け、そして尚紀もまた廉への長い時間消えなかった恋心に向き合い、気持ちを繋げることができた。 「廉さんのことが好きです」と告白した尚紀に、廉は「どんな尚紀でも、俺は愛している。それは変わらない」と言った。  それは尚紀にとって胸に迫る言葉だった。

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