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13章(2)
「誕生日おめでとう」
尚紀の誕生日は、三月二十日。自由業者だった柊一や達也と祝うにはあまり気にはならなかったのだが、「春分の日」は地球の公転の関係で、毎年二十日と二十一日で臨機応変に変わるらしい。その年によって祝日だったり平日だったりと変動するのだ。
今年は平日。
尚紀は、廉の帰宅に合わせ、体調が良い日は夕食を準備するようになった。廉はしなくていいと言うのだが、食の好みが合うのが嬉しい。尚紀が準備した食事を、彼はいつも喜んで食べてくれる。それが嬉しくてついつい張り切ってしまう。
その日、帰ってきた廉の手にあったのは可愛らしい花束。おめでとう、と玄関で手渡され、尚紀は驚く。
「え、僕にですか?」
思わずそう聞いてしまい、廉は優しい表情で、もちろん、と答えた。
手渡されたのは、黄色いチューリップとピンクのスイートピーの花束。白いレース模様のペーパーに包まれていて清楚な雰囲気もある。
尚紀にぴったりだと思って、と廉が言った。
彼から自分はこんなふうに見えているのだということを尚紀は知る。
「三月二十日の誕生花はチューリップとスイートピーなんだって。尚紀にぴったりだよね」
スイートピーの花言葉は「門出」、チューリップの花言葉は「華やかさ」と廉が教えてくれた。花言葉なんて知ってるのだと、尚紀は廉の教養の高さに尊敬の念を抱く。
今の尚紀にぴったりだと思った、と廉が言ってくれて、尚紀は花束を見る。今の自分は、新たな門出に立っている。廉と気持ちを繋げ、そして新たな治療法で廉と番になれる可能性を見出している。
きっと華やかさというのは自分の職業を考えてのことなのだろう。
廉の優しい想いが詰まったプレゼントに尚紀は胸がいっぱいになった。
「あ……ありがとうございます」
感激して言葉が詰まる尚紀を、廉は優しく背中をさすってくれた。
廉のプレゼントはそれだけではなかった。
「尚紀が気軽に毎日使うものを贈りたかった」と、渡されたボックスに入っていたのはマグカップ。これまでは廉の部屋にあるものを適当に使わせてもらっていたが、尚紀専用を欲しいと思っていたからと廉は言う。
「尚紀にはこの部屋を自分の家のように思ってほしいから」
その一言に尚紀は彼の真心を感じる。
ボックスに大切に収められたマグカップは名前のイニシャルが入れられていた。
マットな質感の表面に「N」のイニシャルが入れられていて、スタイリッシュでスマートなデザイン。廉の品選びのセンスの良さを感じる。
これに毎日コーヒーを淹れることになるのかと思うと、少しこそばゆい感じもして照れてしまう。
「素敵なデザインです……」
マグカップを取り出してうっとりしていると、俺も同じのを買ったと、「R」のイニシャルが入ったマグカップを取り出した。
イニシャルが違っていても同じデザイン。
「お揃いです!」
尚紀が感嘆すると、廉はにやりと笑って、尚紀はこっちも使っていいよ、という。
「これは廉さんの専用でしょう?」
そういうと、廉は艶やかに目を煌めかせた。
「いや、尚紀も使ってくれれば、間接キスになるからね。ワクワクする」
廉の言葉にどきりとする。
キス。
廉の無邪気な発想に尚紀も幸せな気分になる。
「ふふ。それはドキドキします」
尚紀は廉に提案する。
「じゃあ、時々交換しましょう。僕のカップも廉さんに使ってほしいです」
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