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13章(3)

「あとはこれは颯真から」  続いて差し出されたのは、白いケーキボックス。 「颯真先生?」  驚きながら、受け取る。 「誕生日プレゼントだって」  颯真先生から! 尚紀のテンションは上がった。 「え、なんで……誕生日……」  なぜ知っているのだと思ったが、廉に問診票に書いたでしょ、と言われて思い当たった。 「そうでした! どうしよう……。嬉しいです!」  颯真からのバースデープレゼントはうれしいサプライズ。なにより彼からプライベートで贈り物をもらうというのが、廉のパートナーとして彼のプライベートに迎えられたという気がして、とても嬉しい。 「帰りがけに家に取りにこいと言われてさ」 「この近くにお住まいなんですか?」  尚紀の質問に廉が頷いた。 「そう、ここから十分もかからない。駅前のタワマンに弟と住んでる」  そうなんですか、と頷いた。たしか双子の弟さんがいたなぁと思い出した。高校時代、廉の隣にいつもいたあの人だ。 「開けてみていいですか?」  ケーキボックスを開くと、コロンとした瓶に入ったプリンが四つ。瓶には側面に小さい目と口が描かれた遊び心あふれるものだ。表情もほころぶ。 「可愛いですね」  思わずそう言うと、廉も苦笑した。 「あいつにして可愛いものを選んだな」  たしかにと尚紀は頷いた。颯真はすごくお洒落で洗練されたものを好みそうなのに。 「嬉しいです。次の診察でお礼言わないと……。そうだ、あと颯真先生はお誕生日いつなんでしょう」  尚紀はあわあわする。廉は苦笑した。 「とりあえず、落ち着いて」  廉からのプレゼントであるイニシャル違いのマグカップにコーヒーを淹れ、二人で颯真の誕生日プレゼントのプリンを楽しむ。  颯真のプリンは中身の色味が少しずつ違っていた。聞けばフレーバーとテクスチャ―も少しずつ違うらしい。どれがいい? と言われて迷ってしまう。  二つはプレーン味で、他は抹茶味とミルクティー味とのこと。廉の提案で、プレーン味と他を開けようという話になり、尚紀はミルクティー味を選んだ。  考えてみれば、これまでミルクティーなど飲んだことがない。そう言ってみれば、それならばぜひ、と勧められてしまった。  瓶の蓋を開けてスプーンを差し込み、ふるっとしたプリンを掬い出す。ぷるぷるだ、と思わずスプーンに口を近づけた。  するっと口に入ったプリンは優しい触感。思った以上に紅茶の茶葉の香りが立って、それがミルクとプリンのやさしさで包み込まれたような、初めて体験する味だった。 「おいしいです……」  尚紀がそう言うと、廉は満足そうに頷いた。それはよかった、と。 「尚紀にとっては新しい出会いの味だね」  その言葉に頷く。廉と一緒にいるといろいろなことが新鮮だ。いや、おそらく彼と一緒でなければ、出会わなかった味かもしれない。 「僕、この味好きかも」  そう呟けば彼が勧めてくれる。 「なめらかでプリンも美味しいです」  尚紀は、ふとこれまであまり自分の好みを考えてこなかったことに気がつく。  昔はそんなことはなかったのだ。実母にはお弁当のおかずとして卵焼きとソーセージをせがんだことはあるし、握ってもらったおにぎりは少し歪な形をしていたけれど美味しくて好きだった。  しかし、西家に引き取られてから、自分の好みより相手の好みを窺うことが、ここで生き抜くためには必要だと学んだのだと思う。食べたいものややりたいことなどを、自分から言った記憶はあまりない。  その後は夏木と番になった後は彼が決めた場所に住み、彼の指示であてがわれた仕事をしてきた。それは嫌ではなかったけれど、自分が望んだ道とは言い難い。そして柊一と達也と一緒に住んでいても彼らの好みには敏感になったが、自分の好みには疎かった気がする。彼らに喜んで欲しいというのが本音にあったし、そのためなら自分の望みは躊躇わずに脇に置いた。いや、その頃は自分の好みになど興味がなかったのだと思う。 「尚紀はミルクティ味のなめらかプリンが好きということが俺の中にはインプットされた」  そう廉が言い、尚紀は少し照れた。 「今気づいたのですけど、自分が何か好きなのか、あまり考えたことがなかったなって……思わず」  すると廉は優しく微笑んだ。 「尚紀は触れてみて、いいな、好きだな、と思ったものを、素直にそう言えばいいんだよ」  廉と一緒にいると気持ちが軽くなって、解放される感じがすることに、尚紀は気が付いた。  これまで欲望を押さえつけていたつもりはなかったが、相手のことを最優先で考えるのが普通だった。しかし、廉は尚紀のことを一番に考えてくれる。 「今度美味しい紅茶のお店とか、行こうか」 「はい、ぜひ。廉さん、ありがとうございます。すごく楽しみ」  尚紀の二十六歳のバースデーは、なによりも思い出深いものになった。

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