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13章(4)

 しかし、廉と一緒に行こうと約束した中目黒の花見に、尚紀は行くことができなかった。 「発情期くるね。もうこのまま入院したほうがいいかな」  川沿いの桜が咲き始めたこの日、尚紀が定期的な通院で誠心医科大学横浜病院を訪れた際、診察室で尚紀の顔を見た颯真は、まず触診させてもらおうかな、と言った。 「え、発情期はまだ先ですよね」  そう戸惑いながらも、尚紀は颯真の指示通りにベッドに横になって診察を受けると、颯真が言った。 「ちょっとサイクルが狂ったかな」  エコーを挿入したまま、颯真がモニターを回して、ベッドに横たわる尚紀にもわかるように見せてくれる。 「えっと、ここが子宮ね。結構出てきてる。今自覚がなくて帰ったとしても、この分だと数時間で症状が現れてここに戻って来ることになりそうだよ」  そんなにすぐ? と尚紀は驚く。  白黒のモニターは尚紀には判別が難しいのだが、信頼する颯真がそのように言うのであれば、そうなのだろう。 「それって、もうすぐ発情期ってことですか……?」 「そうだね」  颯真が服を着ていいよ、落ち着いたら先ほどの椅子にどうぞ、と言ってくれて、尚紀は着衣を調えて椅子に座ると、特別室は空いているからこのまま入院してしまおうと言った。 「え……」  流石に尚紀は戸惑った。今日は通院のつもりできたので、いきなりそんなことを言われても戸惑うし、何より発情期に向き合う心の準備ができていない。  しかし、これまでの経緯からも颯真の診断は的確で、身体の変化はそんなことはお構いなしでやってくる。 「びっくりしているかと思うけど、ここで少し休んでいって。そろそろ症状が出てくると思うし、そしたら診断をつけて特別室に入ろうか」 「あの、僕なんの準備もしていなくて……」  尚紀の驚きを、颯真も優しく受け止める。 「びっくりしてるよね。でも一度戻って再び来るのはちょっと心配だな。入院に必要なものは廉に連絡して持ってきて貰えばいいよ。  また、しばらく会えなくなっちゃうけど……、そこはちょっと頑張ってほしいな」  尚紀は唇を噛んで少し俯いた。それが少し不満であるように見えたのかもしれない。 「まだうまくコントロールしきれなくて、ごめんね」  颯真にそんなふうに謝られて、尚紀は驚き戸惑う。 「いえ! 違うんです。そんなんじゃないんです。ただ……」  ただ、残念なのだ。一緒に廉と桜を見に行くと約束したのに。 「尚紀さん?」 「大丈夫です。廉さんに連絡します」  尚紀は思いを振り切り、気持ちを切り替える。残念ではあるが、自分たちには未来がある。桜は来年一緒に観に行けば良いのだ。

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