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13章(7)

 特別室に入院してから尚紀は、廉のことを極力考えないようにしていた。  前回の発情期では廉を思って、最短で切り抜けたいと思った結果、思わぬ苦しみを得てしまったためだ。  番がいないオメガの発情期をスムーズに乗り越えるためには、それでも番の香りが必要であるこということを学んだが、尚紀はすでに夏木の香りに頼る気は無くなっていた。  だけど、廉を思えば思うほどに気持ちが辛くなることも学んだので、彼への思いは一時的に封印する覚悟でこの特別室に入ったのだった。  颯真からは何も言われていないけど、今は発情期に集中する方が早く抜けられそうな気がしたのだ。  彼からメッセージ付きで差し入れられたミルクティは、はらはらと涙を落とすくらい嬉しくて、廉への思いを一気に募らせたが、断腸の思いでそれを病室内の冷蔵庫に入れて、視界から遠ざけることにした。発情期の終わりが見えたら……、と今は心の支えになっている。  なのに、ふと過ぎるのは廉とのことだったりする。尚紀には愛おしい人の存在を断ち切るのは、辛くて難しいことだった。  廉の名前を口にするだけで、恋しくて愛しくて涙が出てくるので、その名前を呼ぶことさえも封印していた。  そんな日々を過ごしていて、尚紀の心の隙間に入り込んできたのは、過去の思い出。次第に夏木や柊一、達也といった面々のことが明確に浮かぶようになってきた。  達也。  最後に会ったのはいつだろう……。  彼と柊一が修復し難い諍いを起こした、冬の夜だったかもしれない。いま思えばあの時はもう三人の関係は崩壊していたのに、それを認めたくなくて必死に繋ぎ止めようとしていた。 「ナオキも結局、もうオレを仲間だとは思ってなかったってことなんだ」  番の絆が消えた達也は、そんな決別の言葉を残して去った。    違う。そんなことはない。達也のことは家族だと思っていたし、柊一の面倒を見てくれる彼にとても感謝していた。  だけど、柊一との決別がどうしても受け入れられなくて、彼を切り捨てる達也を理解できなくて……つい酷いことを言ってしまった。  それが後悔として残っている。  絶対に言ってはいけないことを、言ってはいけないタイミングで言ってしまったのだ。  柊一。  感謝していた、恩人だった、大好きだった。あんな最期を辿る人ではなかったはずなのに。後悔しかない。  あの頃は、柊一とこれから先の長い人生を重ねていくのだと理由もなく思っていた。不安定で不透明な将来だけど、彼の変わらない存在が心強かった。なんの根拠もなくそうなると信じていた。  自分の存在が、彼の幸せを阻害しているなんて発想はなかったが、それはあまりに自分の思考が幼くて独りよがりだったから。  柊一への想いを抱えて生きていくから、その罪深い幼さと贖罪の気持ちを、これからの人生で忘れてはいけないのだ。  だけど、自分は本当の意味で彼の苦しみを理解していたのだろうか。未だにどうしても、自信が持てない。  それは柊一を失い、廉と再会して颯真と交流し、彼らを見ていて余計強く思うようになった。あの頃、自分は柊一のために全力を注いだのか。全力を尽くせたか。  答えが怖くて、考えないようにしている。

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