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13章(10)

「夢のなかで番の香りを感じたんだろうね。おそらくそれがきっかけで身体の症状が落ち着いたのかも。番の絆って本当に驚くことをするな……。  何はともあれ、コントロールできるようになってきてよかった」  あの夢を見てから、尚紀の発情期の症状は落ち着いた。それには颯真も驚いていた。  正確には颯真が投与した緊急抑制剤が効いたのだろうと尚紀は思う。夏木と柊一が出てきた夢は、最大ドースまで投与したための副作用だったのだろうと、判断されたようだ。  颯真によると、尚紀が取り乱して泣き叫んだため、番の夢であったとしても「副作用の悪夢」であると判断したという。  あの夢の中では柊一の気配もしていたので、それを悪夢とするのはわずかに気が引けたが、それでも自分はもう廉のパートナーだ。夏木への、番としての気持ちに決着をつけるには、その解釈でいいのではないかと、尚紀も納得した。発情期の最中、柊一に対して抱いたあの気持ちを忘れなければいいのだ。  それに夢の中に夏木とともに柊一の気配がしたことに、尚紀は安堵もしていた。二人は今は一緒にいるのだと思えるから。  発情期の中でかなりの量の抑制剤を投与されたみたいだったが、落ち着いてきて尚紀の身体は抑制剤に馴染むようになってきたのか、少しずつ効果が見られるようになってきた。  番を失って体質が変化し、尚紀は発情期が重いにも関わらず、緊急抑制剤が効きにくいという厄介なタイプになりながらも、颯真が根気強く合う薬を探してくれたおかげで、次回は少し楽に発情期が乗り越えられそうな感触を得ていた。 「次はもう少しスパンを取った発情期にしたいね。イメージとしては初夏……五月の終わりくらいかな」  発情期は一般的に三ヶ月に一度と言われているが、尚紀はこれまで数週間に一度の頻度でみまわれている。それが一ヶ月、二ヶ月と少しずつ……いや、明確に期間も伸びている。  次の発情期はいつにしたいと颯真が口にできるくらい、コントロールはできているのだと思った。  そうなると心強くて、少しくらいのしんどさも受け入れられるような気がする。 「わかりました、よろしくお願いします」 「その間は、きっちり薬で管理していくので、仕事に支障が出るようなコントロールにはしないから安心してね」  颯真にそのように言われて、尚紀も安堵した。  仕事に復帰できる。それはこれまで心配をかけた庄司や野上にも嬉しい知らせとして報告できる。 「少しずつ仕事にも復帰できるんですね。嬉しいです」  尚紀は喜んだ。 「発情期の症状はおさまったから、明日の朝退院かな。また廉に連絡しないとね」  颯真はそう言った。  不意にあのミルクティのペットボトルが脳裏をよぎる。廉の想いがこもったミルクティに支えられて発情期を乗り越えることができたのだ。 「はい。廉さんからは待ってると言われているので、これから連絡します」 「あはは。それは何よりだね」  颯真は苦笑した。  尚紀が発情期で、特別室に籠っている間に短い桜の季節は去っていた。  それは残念なことではあったが、それと入れ替わるように驚く知らせが届いた。  以前颯真から話された、新しい治療法の臨床試験について、学内の許可が下りて正式に行われる運びとなったのだ。  ペア・ボンド療法の臨床試験が、正式に動き出す。

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