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14章(2)
廉と一緒に住み始めて三ヶ月が経った五月下旬。目黒川沿いの桜の木は青々とした新緑のトンネルを見せている。初夏のような爽やかな陽気の週末の早朝。尚紀に再び発情期の症状が現れた。
気づいたのは意外なことに廉で、朝起きてきた尚紀の顔を見て怪訝な表情を浮かべた。
「あれ、体調が悪い?」
そんなふうに聞いてきた。
「あれ……やっぱり?」
朝起きたら、尚紀でも違和感がある状態になっていた。ただ、顔が熱っているといった感じだったので、イマイチ体調が整わないのかなと思った。
「少し香るし、発情期かな」
廉の言葉に尚紀は戸惑うが、彼は落ち着いている。
「颯真はこの週末あたりに来ると言っていたしね」
廉はそう言って、病院に連絡を入れてくれる。
自分でやりますと言ったが、いいから寝ていろと言われてしまった。
「病院に連絡したら今からきてくださいっていうから、タクシー呼ぶよ?」
そう言われて尚紀はソファーに横たわったまま頷く。前回と同じタクシー会社を選択すると、やはりオメガのドライバーを手配してくれた。
すでに入院する準備は整っていて、発情期は週末にもやって来ると言われていたので、週末から一週間ほどは仕事も入れていない。
「それにしても颯真の予測はすごいな」
廉はそのように驚きを隠せない様子。これほどまでに予測通りにくるとは思っていなかったようだ。この予測精度の向上は、颯真が完全に尚紀のフェロモンコントロールのコツを掴んだということだ。尚紀は頷く。
「颯真先生はすごいです」
それが尚紀の本音。しかし、この予言通りに発情期がやってくる、という状態がいかに尚紀にとって安心に繋がっているか、おそらくアルファは理解しにくいと尚紀は思う。コントロールをしてもらえているという安心感で、心に余裕が生まれている。
「そう手放しに褒められると妬けるけどな」
そう廉がにやりと笑うと、尚紀は手を伸ばす。廉がその仕草に応えるように尚紀に顔を近づける。
尚紀が廉の頬にふれた。
「廉さん、ありがとう。颯真先生と出会えたからです。発情期に振り回されて辛かった。廉さんが颯真先生紹介してくれたから、僕は廉さんと前を向いて歩けるようになったんです」
廉は優しい笑みを浮かべた。
「わかってるよ。尚紀が颯真を主治医として信頼してくれて嬉しいよ」
「頑張ってきます」
尚紀の言葉に廉も頷く。
「うん。今回は俺が送ってもいい?」
廉にそう言われて、尚紀は少し考える。
「はい……。横浜までぜひ送ってください」
廉は嬉しそうに笑みを浮かべた。わかった、と言って手早く身支度を整える。
しばらくすると、タクシーが到着した様子だったが、この頃には尚紀の体調も少しずつ悪化していた。
「大丈夫?」
そう言われて尚紀は頷いたものの、このまま横になっている方が楽なのも本音だった。
「動けそうかな」
そう言われて、答えあぐねる。すると分かったと廉は頷いて尚紀を担ぎ上げた。
「わっ!廉さん!」
尚紀が驚いた声を上げる。
「尚紀は俺が責任を持って颯真の元に届けるよ」
廉の言葉に尚紀は安堵して、頷いた。
「はい……。廉さん、大好き」
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