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14章(3)

「おはよう。具合はどうかな?」  尚紀が特別室に入院するとしばらくして、颯真がやってきてくれた。廉に連れられた尚紀が病院に到着すると颯真はまだ到着しておらず、当直の医師の診察を受けて、特別室に入ることになった。 「そうませんせい……」  尚紀はそれまで少し心細かった。これまで颯真以外の医師の診察を受けたことがなかったし、週末早朝の入院で当直の医師に当たったのが初めてだったのだ。  馴染みの主治医が顔を出してくれて、尚紀は安堵して目が潤んだ。 「遅れてごめんね。廉から連絡はもらっていたんだけど、道が少し混んでいて」 「……だいじょうぶです」 「ナースにお薬入れてもらったよね。これで少し楽になるといいな」  颯真の顔を見て、尚紀は自分が驚くほどに落ち着いた。うん、と頷く。 「今日は廉に送ってもらったんだって?」  そう言われて頷いた。 「廉さんが送ってくれるというので……」 「いい傾向だ。あいつから嬉々とした連絡が入ったよ」  そう颯真は頷いた。 「いい……けいこう?」  尚紀が首を傾げると、颯真が頷いた。 「自分の番になる相手に全てを任せる。他の番の発情期も廉に見せて大丈夫だと尚紀は思ったのだから、確実に心理的なハードルは下がっている」  フェロモンコントロールの効果も出てきているのかな、と颯真は分析した。  ああ、そういうことなのか尚紀も納得した。 「廉さんに……発情期ってバレました」  顔を見て体調が悪いのかと言われて、その後は発情期? と聞かれた。  尚紀もそうかもと思ったし、廉に香りを嗅がれても不快ではなかった。  なにより送ってくれると言われて、嬉しかった。発情期であっても距離は近くなっている。 「……なんか、離れたくなくて……」  それは尚紀の素直な本心だった。それは番がいない発情期を何度か経験して、どのような経過を辿るのか予測がつくようになったというのも大きいのだと思う。  それ以上に、颯真がコントロールしてくれているという安堵感は、廉の前で醜態を晒すことはないという安心感にも繋がっている。  ただでさえ、これから数日間離れ離れになるのだ。一分一秒でも一緒にいたいのだから、離れがたい。 「……れん……さん」  尚紀の涙腺が緩む。世界が潤んで颯真が見えなくなってしまう。  胸に去来する切ない気持ちを抱えきれずに尚紀は涙をほろりと落とす。  くすんくすんと泣く尚紀に、颯真はなぜか苦笑を浮かべている。 「大丈夫だから。廉からロイヤルミルクティのペットボトルを持たされたでしょう?」  尚紀は潤んだ視界から、颯真を見た。  そうだ。今回も廉からロイヤルミルクティのペットボトルを手渡された。そこに直接マジックペンででがんばれ、とエールを入れてくれた。 「うん……」  その差し入れは病室の冷蔵庫に入っている。クリーミーで優しい甘さのロイヤルミルクティは、尚紀にとって入院生活の支えだ。 「廉が待ってくれているのだから、頑張って乗り越えような」  颯真の力強い言葉に尚紀は何度も頷く。 「……颯真先生、ありがとうございます。僕、頑張る」  そう言って溢れた涙を自分の袖で拭う。愛しい人にはすぐに会える。大丈夫。

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