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14章(5)
意識が落ちると、夏木に抱かれる夢を見た。
生前、発情期に夏木に抱かれていた頃はフェロモンにのまれて、前後不覚になって欲を発散することしか考えられなかったのだが、夢の中の尚紀は終始正気で、意にそわぬ交わりを夏木に強要されていた。
尚紀はこのように考えるようになる。
夏木に抱かれていた時は、発情期で意識も自我も虚ろだったから抱かれることができたのかもしれない、と。
しかし、廉の愛情を知った今は、耐えられない時間だった。寝たくないと、極限まで頑張るものの、ふと睡魔に誘われて意識が落ちると夏木に犯される夢を見る。うなされて目が覚めて、疲労感しかなくて。尚紀の気持ちは落ち込んだ。
しかし、そんな悪夢を二、三日耐えると、抑制剤が効果を発揮し始め、逆に副作用はなりを潜めていった。
発情期の山を越えたことを尚紀も自覚した。
それまで満足に眠れず疲弊してしまっていた尚紀は、その後しばらくベッドで横になり眠り続けた。
そして、目が覚めると、発情期の症状はすっかりおさまっていた。
入院したのは日曜日の早朝だった。水曜日の夕方になっていた。
「今回はつらかったね」
颯真はそう慰めてくれたが、尚紀には気づくこともあった。
「僕は発情期で意識が飛んでいたから自覚がなかっただけで、フェロモンでふにゃふにゃになっていた時、僕の身体はああいうダメージを受けていたのかなって思いました……」
そもそも意に沿わぬ番契約だったのだから、可能性はなくもない。あんなふうに抱かれ続けて自分が壊れなかったのは、フェロモンに呑まれていることで、ある意味自我が守られていたためかもと、尚紀は思った。
これまで夏木と乗り越える発情期で辛いと思った記憶はない。それはおそらく意識が飛んでいたからだ。
颯真は静かに聞いていた。
「番の噛み跡が消えないオメガの患者さんの多くは、発情期に亡き番と交わっているような感じがするそうだ。だから今回はそういうオメガとしての感覚と、緊急抑制剤の副作用が影響し合った結果だと思う」
颯真はそのように分析し、尚紀に向かって真剣な表情を見せる。
「だから、今回の悪夢はあくまで悪夢。いいかい、夢の中で番にされたことは、実際に尚紀はされていない。夢と現実をきちんと切り分けて」
尚紀が考えたことを、颯真は気が付いている様子。
「そうでしょうか」
疑念を抱く尚紀に、颯真は力強く頷く。
「発情期に番と交わるのは自然なことだ。その証拠に、君は番契約を結んでから、不調を感じることなく、一度も病院を頼ることなくここまで来た。ここに来るオメガが全員番に大切にされていないなんて言わないけれど、尚紀は番に大切にされていたんだと思う。
相手は違っても、これまでオメガとしてフェロモンに左右されず健康に生きてこれたのは、発情期にきちんと応じる番がいたからだ」
颯真は念を押す。君は損なわれていない、と。
確かに、夏木は発情期の番に対しては誠実だったと思う。発情期が被ったとしても、ボヤいてはいたが投げ出すことはしなかったし、柊一と一緒にされて嫌がった二回目の発情期以降は、きちんと場所を分けてくれた。複数のオメガを番にする是非はあるが、そこは誠実だったかもしれない。
「そうですね……」
発情期明けということもあり尚紀は素直に頷いた。考え抜く力はあまりない。そう信じたいという気持ちもある。
まもなく梅雨、そして夏を迎える。
番の命日は長らく祝ってきた達也の誕生日。忘れるはずもない。
もう柊一もいない。達也もいない。
一人での夏木の墓参など、これまで考えたこともなかったが、命日には少し話をしに墓参することもありかな、と尚紀は思った。
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