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14章(6)

「今回は荒療治になったけど、抑制剤に身体は慣れてきたと思うから、次の発情期は楽に乗り越えられるよ」  そう言われて尚紀は六日間の入院を乗り切り、金曜日に退院した。今回も約束通りに廉は休みを取って迎えに来てくれた。 「尚紀、おかえり! お疲れ様!」  両手をかざして満面の笑みで迎えてくれる愛おしい人を見て、自分が帰る幸せな場所を実感する。  正直、毎度休みをとってもらうのはとても申し訳ないと思うのだが、退院する尚紀をとても嬉しそうに迎え入れてくれる彼を見ると、それを自分が言うことではないのかなと思ったりもする。 「廉さん、ただいまです! ありがとうございます」  そんな彼に自分が返せるものは、素直な感謝とこの人を大切にする気持ち。まずは素直にお礼を言うことだと思っている。そんな気持ちが廉に通じたのか、廉はふわっと笑って、尚紀が持つ荷物をさりげなく受け取る。 「今回も頑張ったね」  廉はそう優しい表情を浮かべて、心から喜んでくれる。だからこそ、ここに戻って来れた、と尚紀は思うのだ。  正直、夏木との絆を結んだままの発情期は、体力的にも消耗するし、葛藤が多く精神的にも疲弊して辛い。乗り越えられているのは、サポートしてくれる颯真と、なにより待ってくれている廉がいるから。こうして廉が労ってくれるので、尚紀は前を向けている。 「お迎えご苦労」  颯真がいつものように、そのように挨拶をする。廉もいつものように「うちの尚紀が世話になった」と返した。 「ちょっと時間ある?」  そう颯真に促されて、廉は頷くものの、尚紀を見た。尚紀も颯真の意図を理解できずに首を傾げつつも大丈夫です、と答える。  颯真に促されて、二人は上階にある個室に案内される。外来の空き診察室みたいだ。  部屋の明かりをつけると、室内はやはり診察室といった趣き。テーブルと椅子があり、どうぞ、と促された。  フロアと遮断するスライドドアを閉じると、外部の喧騒が嘘のように絞られ、静寂が舞い降りた。  しんとした空間。尚紀は少し戸惑う。  廉と尚紀が並んで座り、その向かいに颯真が腰をかけた。先程の和んだ雰囲気とは少し違っていて、落ち着かない。  何か話があるのだろうか、と尚紀は廉を見てから、目の前の颯真に視線を流した。 「これからの話なんだけどね」  颯真はそのように切り出した。  尚紀は無意識に頷いた。新しい治療法の話だろうと思ったのだ。自分と廉が番になれるかもしれないという、新しい治療法、ペア・ボンド療法。 「尚紀は前に話した、臨床試験のことは覚えてる?」  颯真にそのように問われて尚紀は頷いた。 「はい。番契約を結び直す治療法ですよね」  期待が大き過ぎて、尚紀のなかで膨らんでしまった。この治療法は尚紀にとって「希望」だ。  廉と番関係を結び直せるかもしれないという、ペア・ボンド療法。  尚紀の答えに、颯真は満足げに頷いた。 「さすが。実はね、あの治療法の臨床試験のゴーサインが出たんだけど」  聞けば、試験の大枠の計画の許可が降りたとのこと。今まさに具体的に走り始めている段階なのだそうだ。  いよいよだと、尚紀は思う。颯真の言葉に大きく頷いた。  しかし、前向きな話とは少し違っていて、空気が沈んでいる気がする。  隣の廉が渋い顔をしているし、颯真は終始優しい表情を浮かべているが、どこか雰囲気が硬い……。 「あの……颯真先生?」  尚紀が戸惑う。 「あの颯真。尚紀は戸惑うだろうから、まだ話さなくても……」  突然そのように言い出したのは廉だ。  しかし、颯真は首を横に振る。 「いや、尚紀は当事者だ。話す必要はある」  お前だって分かっているだろう、気持ちは理解できるが彼には知る権利がある、と颯真は言った。  知る権利?  尚紀には検討もつかない。 「なんですか」  少し険悪な雰囲気に少し不安になった。 「そのペア・ボンド療法の治験で、ちょっと困ったことが発生してる」 「なんでしょうか」  すると、颯真の言葉は、尚紀の想定外のものだった。 「廉の立場が少し微妙なんだ。今の段階では参加が難しいかもしれない」

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