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14章(7)

 尚紀には寝耳に水のことだったが、参加が難しいという言葉が、色濃く脳裏に焼き付けられた。  参加が難しい……。  どういうことか。 「廉さんの立場、って?」    颯真がわかりやすく説明してくれた。  ペア・ボンド療法とは被験者となるオメガと番契約を結ぶ予定のアルファが一緒になって参加する臨床試験だ。とはいえ、被験者はオメガで、アルファは協力者という立場になるという。  詳細なモニタリングが必要になるのは被験者のオメガだけなのだが、アルファがいないと成立しない試験である以上、協力者という立場でもかなり厳格な選定が行われる予定とのこと。 「もともとペア・ボンド療法はアルファ自身にも心理的な負担がかかると言われている。  本能が番と見定めるオメガにすでに番がいて、さらにその番と離別や死別しているという状況は、アルファにとってショックだ。  彼らは自分の番を守れなかったっていう自責に囚われるし、大きなストレスだ。そしてペア・ボンド療法前に行われる前処置も本治療も、心理的な負荷がかかる。この治療法は、健康体のアルファの協力が必須だが、そこまでの負担を強いることへの是非もある」  とはいえ、ペア・ボンド療法は番となるアルファがいて成り立つ治療法だから仕方がないと颯真は言う。  尚紀は思わずハッとして廉を見た。   「尚紀がペア・ボンド療法の治験に参加するには、廉の協力が不可欠なのだけど……」  颯真と廉が顔を見合わせた。 「廉の勤務先がね、少しネックなんだ」  勤務先?  意外な方向からの話に、尚紀は驚いて目を丸くした。廉は製薬会社に勤めていると聞いている。 「廉の勤務先は、今回のこの治験に協力してくれる会社と競合関係にある。森生メディカルっていう会社なんだけど、同じような薬を扱っているんだ。  ライバル会社の人間が臨床試験に参加することに問題があるんじゃないかっていう話なんだ。利益相反(りえきそうはん)って言うんだけど」  尚紀には難しい話。とはいえ、ライバル企業の臨床試験に参加することはまずそうだと、肌感覚では理解できる。たしかにライバルの利益になりかねないケースだけど……。 「でも、そんなことあるはずないじゃないですか」  尚紀の断言に颯真も頷くが、そういう簡単な話ではないらしい。 「うん。そんなことはあるはずないんだけど、ただこれは信頼性の担保の問題だからね」  颯真は穏やかな表情で尚紀に説明する。  本当ならばそのような疑いのあるケースを排除することが、データの信頼に繋がというのだ。 「本当は排除してしまうほうがいいという話にはなる。だけど、それをしたくはないと思ってる。データの信頼性をどうしたら担保できるか、考えないといけない」  とはいえ、颯真の言葉は穏やかで、考えないといけないといいつつ、何かしらの目途は立っていそう。 「あと問題は……こちらの方が大きいんだけど、廉の会社でそれを禁止しているということだな」  尚紀は思わず廉を見た。すると彼はするりと視線を逸らした。 「お前はっきり言い過ぎだ」  そう颯真に恨めしげに視線を流した。尚紀もそれに釣られて颯真を見る。そして再び廉に。  シーソーのように気持ちが揺れ動く。  そんな尚紀の動揺を廉が察してくれて、やさしく手を握ってくれた。 「大丈夫。心配しなくていい。うまいことやるから」 「うまいこと……ですか」  廉の言葉を反芻するが、尚紀には想像もつかない。 「廉さん……?」  尚紀の視線を、廉が珍しく受け流す。 「まあ、破るのもやむなしかなーと思ってる」  廉から出たするっとした一言に尚紀は言葉を失った。 「え……」  しかし、颯真は深く頷いた。 「わかった。その覚悟なら、そうしよう」  思わず尚紀は、廉から颯真を見る。アルファ二人は示し合わせたように頷いた。 「その覚悟が知りたくてさ」  颯真は言った。

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