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14章(8)
「だから気にせず進めてくれていいよ」
「わかった」
尚紀をすり抜け、アルファ二人で話が決まっていく感覚に、尚紀は声を上げる。
「破るって?」
尚紀は動揺した。先ほど、破るのはやむなしとこともなげに廉は言っていたが。
「どういうことですか?」
そう廉に聞くと、彼は「会社には言わない。内密で進める」とのこと。
このようなことは、一般的には会社に報告の義務が生じるというのだが、廉はそれを一切無視するつもりだという。
「無視したら……破ったらどうなるんです?」
あっけらかんと無視を明言した廉に、尚紀はこわくなり、さらに問いを重ねる。
「これはコンプライアンス違反になるな」
颯真の答えに、ますます尚紀は追い詰められた気分になる。
「え……」
自分のせいで廉が会社のルールを破ることになりかねないという事実に、大いに戸惑った。
「廉さん……大丈夫なんですか」
「心配しなくていいよ」
彼の反応は変わらない。大丈夫ですかと聞くとこういう反応が返ってくると尚紀は学ぶ。違うのだ、そういうことではなくて。
「そのコンプライアンス違反って……」
「バレたら、何らかのペナルティがつくとは思うんだけどね」
「ペナルティ!」
尚紀の声は半分悲鳴。
「バレなければいいだけの話だよ」
廉はどこ吹く風。颯真も気にしていない様子だが……。
尚紀はそうはいかず、はらはら落ち着かない。
すると廉が、尚紀に向かった。
「大丈夫。これは俺も譲れない。尚紀と番えるチャンスなんだから」
「ですが……」
助けを求めるように颯真に視線を流す。しかし、颯真も厳しい表情を浮かべている。
「尚紀、ペア・ボンド療法はオメガとアルファが二人で臨む治療法なんだ。本来ならこの話は、俺が廉に確認をとっておけばいい話だけど、尚紀も知っておくべきだと思ってる」
その颯真の言葉に尚紀は頷いた。これを知らぬ間に進められていたら、ショックを受けるに違いない。
「それは……はい。そのとおりだと思います」
これは廉の覚悟の表れなのだと、尚紀は理解した。自分のために、これまでのキャリアの積み重ねを賭けてくれる、それほどまでに番たいというアルファの独占欲と、彼の覚悟を感じる。
決して褒められることではないし、本来であればダメなものはダメなのだけど……。
「大丈夫、廉はうまくやるよ」
尚紀は何も言えないが、廉は頷く。
「尚紀のことを上司にはまだ報告してないんだけど、これじゃあしばらくは無理だな」
颯真は頷いた。
「無理だ。言うなよ」
「お前こそ、弟に言うなよ」
軽い口調で言い合う。
尚紀は飲み込む。これは代償だ。廉と番いたいという自分の望みは、彼にもそれなりの代償が求められるのだと理解した。
おそらくそれは何の抵抗もなく受け入れられることではない。彼なりの苦悩があったに違いないのだ。
番うための……いや、まだそれはわからない。あくまで、番うチャンスを得るための代償。
それを選択することに申し訳なさを感じるか、感謝を感じるか。
おそらく感謝を感じる方がいいのだろうけど。
やっぱり申し訳ない気持ちもあって。
何の抵抗なく、「破る」とするりと言えてしまうところまで覚悟を決めてくれた廉に申し訳なさを感じつつ……。
「廉さん……。僕はそれでも廉さんと番になりたいです」
尚紀はそう言うしかない。それは心からの本音だし、希望だ。そうやって言葉を口にして尚紀は前を向く。
「もちろん、俺もだよ、尚紀」
廉もそう言った。
そして颯真からは尚紀も釘を刺された。
「情報っていうものはどこから漏れるかわからないからね。極力この話は内密にしていて」
とりあえず話せるのは事務所の関係者に絞って、と、颯真にそのように言われ、尚紀も廉も頷いた。
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