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14章(9)
廉が自分とペア・ボンド療法の治験に参加することは知られてはいけないのだと尚紀は理解した。知られたら彼のキャリアに傷がつく。それは自分の本意ではないと、気を引き締める。
廉は立派に社会人で、会社の構成員なのだ。それを自分の事情で犯してはならないと尚紀は思った。
廉が勤める会社は「森生メディカル」。これまでは余裕がなかったこともあり、興味はあまりなかったが、今になって俄然気になってきた。
彼の仕事を理解したいと思うと同時に、少し全く知らない世界への興味と憧れもある。
彼を取り巻く世界を少しでも知ることができれば、それだけ廉に近づけるような気もした。
廉に直接聞けば一番手っ取り早いのだろうが、それも少し今更で恥ずかしい気がして、躊躇っていた。
どの部屋でも自由に使っていいと言われていたこともあり、知りたいと廉の書斎兼寝室に立ち入ったのは、退院した数日後の平日午後。
デスクと書棚、ベッドが設置されており、彼の生真面目な性格が現れているように綺麗に整頓されている。
思わず書棚を眺めてみる。下段には小難しそうな背表紙が並び、上段には大きな雑誌などが収納できる高さのある棚。雑誌などが並べられていて、ビジネス書や医学雑誌などもある。
これは今の仕事に必要なものかな、勤勉な人だなぁと、尚紀は改めて廉を思う。アルファだけど、努力を怠らない人だ。流し見た背表紙に、目が留まるものがあった。
有名な経済誌のバックナンバーであるよう。
指を伸ばして、一冊を手にとってみる。
表紙にはテレビのニュースで騒がれるような企業や社長の名前が踊っていたりする。
その雑誌に付箋が付けられていることに尚紀は気づいた。
その場所を開いてみて、飛び込んできた写真に尚紀は目を奪われた。
尚紀と同年代……二十代後半くらいの青年が、スーツ姿で腕を組んでいる写真。丹精な顔立ち。少し中性的か。余裕を感じるゆったりとした雰囲気で、のぞかせる柔らかい表情。仕立てが良いスリーピースが板についていて、ちょっとした頼もしささえ感じる。
背景は大きな窓。その向こうには、この青年の前途を表すように雲一つない抜けるような青空。なんて清々しく、爽やかなショットだろう。
「すごい……」
新社長が考える成長への一手
〜インタビュー 森生メディカル・森生潤氏〜
思わず尚紀の手が止まった。
これ……、尚紀は目を見張る。
「新社長……。森生? 潤……」
あの人だと、記憶にひっかかった。
脳内でピースがはまる。先日、何気なく聞き逃していた廉の「上司」という言葉、そして颯真に言っていた「弟」という言葉。全部この人のことだったのかと尚紀はようやく理解した。
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