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14章(11)
今年の梅雨は長い。
尚紀は雲に覆われた空を仰ぐ。降り始めたか、と手のひらに雨粒を受けて、手にしていた傘をばさっと広げた。アドバイス通り持ってきていてよかった。
ポツポツと雨が当たる音。空を仰ぐが、さほど暗くはないから、すぐに止むかなと尚紀は思った。
廉と一緒に住み始めて約五ヶ月。季節は冬から春、そして、もうすぐ夏になろうとしている。
七月十九日。
梅雨が明けきっておらず、湿った空気が身体にまとわりつく。蒸し暑い。
そんな中、尚紀は一人ブラックスーツを纏い、駅から墓地までの坂道を登っている。
去年は真夏の日差しのなか、この坂道をシュウさんと歩いたなと、思い起こす。そう、梅雨はすっかり明けていた。
この先の寺院墓地に、夏木が眠っている。
金曜日なので廉は出社済み。
彼が出社する前に尚紀も起床して、二人でゆったりとした朝の時間を過ごすことができた。
「今日はなにをして過ごすの?」
廉が淹れてくれたカフェオレを飲んでいると、そう聞かれた。
実は今日は仕事を入れていない。
尚紀は少し考えて、素直に言った。
「今日はお墓参りに……」
なぜか、それで廉にはすべて伝わった様子で、彼は頷いてくれた。
「そうか。ここ半年で生活が大きく変わったしね。いろいろ報告することもあるよね」
優しい笑みを浮かべて、雨が降るかも知れないから傘を忘れずにね、と言ってくれた。
「……はい」
素直に頷くと、尚紀の手をすっと握った。
「夕方に連絡するね」
外で夕食を摂ろうと誘われた。
尚紀は頷いた。
全くと言っていいほど前の番について話していないと思うが、なぜ廉が夏木の命日を承知しているのかは分からない。だけど、それだけで承知してくれるこの人の器の大きさに助けられていると尚紀は思った。
今年も墓参するとは思ってもみなかったのが本音。
去年は、言ってしまえば柊一のお供だった。特段墓参したいとは思わなかったし、実際墓前では、泣いて落ち込む柊一を介抱して、手を合わせることさえしなかった。
今年は、いろいろと話したいことができた。
尚紀は一年ぶりに黒いスーツを身に着けて、夏木に会いに行く。
三回忌だからおそらく大々的に法要が行われるだろうと見越して、午後の遅い時間に訪ねてみたら、案の定、盛大に執り行われたようで、墓前は献花と雨に濡れて湿った線香の香り。
ヤクザって義理堅いな、と尚紀は思う。
柊一に聞いたことがあるが、彼らは組のために逝った仲間は最後まで組織で弔うそうだ。夏木は組のなかで資金繰りに関与していた重要人物らしく、妻は組長の分家筋の娘だったそう。それもすべて柊一からの情報だが、組織の中では重用されていたようだ。
尚紀は夏木とそのような話をしたことはなかったが、かつての達也の話や柊一から得た情報を総合すると、そのような感じだと承知していた。
そうか、自分はヤクザの身内の妾、という立場だったのだなと改めて思う。
花などを残せば墓参したことがバレると懸念したが、バレたところで一体なにがあるのだと思い直し、駅前の生花店で購入した仏花を持参した。盛大な供花の中にひっそりと紛れ込ませる。
ぱちぱちと、傘に打ちつける雨音で、雨足が少し強くなってきたなと思った。
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