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14章(12)

 ヤクザは義理堅いという話に加え、三回忌という区切りのタイミングだったが、夏木は惜しまれているんだなと尚紀は感じた。敷地内は綺麗に掃除されており、手入れされていた。納骨した頃は何もなかったのに、知らぬ間に背の低い木々なども植えられ、眠る場所は整えられている。おそらく定期的に参る者がいるのだろう。  翻って、思うのは柊一のこと。彼は一人で逝き、尚紀と庄司に弔われ、横浜港に眠っている。柊一は逝った後、尚紀に思い出だけしか残してくれなかった。もしかしたら、あえてそのような生き方を選んできたのかもしれないが……、彼を直接知る者は自分だけになってしまったのだ。  せめてここに一緒に入れてあげられればと、少し苦いかつての後悔も蘇ってきた。  尚紀は線香に火を灯した。  湿った雨のなかでも、濡れても消えないものなのだなあと思ったりした。  夏木の事件は、犯人は捕まっておらず未解決だ。ニュースを追っているわけではないが、折に触れて調べたりすると、その後の報道はなく途絶えている。逮捕されればニュースにはなるだろうから、そう判断していた。  番が殺された、なんてなかなかない経験だよなあと、尚紀はこれまでの道を少し他人事のような気分で振り返る。  夏木の番にされたのは十七歳の時。約十年前。  あの時、夏木に項を噛まれて人生が終わったように思った。だけど、実際は違っていて、それでも生きていかねばならなかった。  奈落に突き落とされたあの日、あの場所から、這い上がる人生だったように思う。  尚紀は思わず雨が落ちる空を仰いだ。  そんなことを考えられるようになったのだから、精神的に逞しくはなったと思うな、と自嘲した。  それでも、最初からそんな風に割り切れたわけではなかった。暗中模索。最初のショックを乗り越えて、しばらくは環境に慣れることに精一杯で、その後は、自分らしく、言ってしまえば尊厳を失わないように生きるにはどうしたらいいか、試みと検証の繰り返しだった気がする。  その最たるものが発情期だった。  発情期といえど夏木に抱かれることに抵抗があって、番に頼らない発情期を望んだことが一つのきっかけだった。だけどそれは無謀でしかなくて、柊一と達也に心配をかけて、さらに発情期も逆に重くなってしまって、思惑は大きく外れた。  あの時は夏木からもめちゃくちゃに抱かれたようで、身体もしんどかった。今思えば、頼られなかった苛つきをぶつけられたのかもしれない。  何はともあれ、いくら心を許していないといっても、憎いと思っても、番関係を結んでしまった相手を無視して発情期を乗り越えることは難しいのだと、自分が置かれた立場を本当の意味で理解した。  一方で、最短期間で最低限の行為で発情期を抜ければいいのだと学んだ。  尚紀は、たとえ夏木の手のひらの上で生きるしか術がなくとも、彼をうまく利用して、ここで逞しく生きると、あの時に決意した。  その思考性は、夏木にも伝わっていたのだろうと尚紀は思う。番に甘えない、頼らないオメガ。まさに手のひらの上ではあったが、彼はそのスタンスを許容してくれた。  それは尚紀の矜持を尊重してくれたと、いえるのかもしれない。  しばらく前、発情期で入院していた時、颯真に言われた言葉が脳裏に蘇る。 「発情期に番と交わるのは自然なことだ。その証拠に、君は番契約を結んでから、不調を感じることなく、一度も病院を頼ることなくここまで来た。尚紀は番に大切にされていたんだと思う。  相手は違っても、これまでオメガとしてフェロモンに左右されず健康に生きてこれたのは、発情期にきちんと応じる番がいたからだ」  颯真の眼は強くて確信に満ちている。そんな眼で断言された。 「君は損なわれていない」  その「損なわれていない」という言葉に、あの時尚紀は救われた思いがした。  まさに、夏木に大切にされていたのだと思った。

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