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15章(2)
「まったく……何が跳ねるかわからないわね」
そんな一部始終を眺めていた野上は、嘆息する。
「まさか、こういうことになるとは……」
困惑するのは尚紀。
「でも、売れ行きは好調なのようなので、モデルとしての役割は果たしましたね」
苦笑しながら応じたのは庄司。
尚紀の話題はその後しばらく続き、テレビや週刊誌などが追随したことで、しばらく続くことになった。
こうなってしまうと、着用モデルとしては失格で、どうしたって売りたい商品よりナオキの方が立ってしまうものだが、かろうじて売り上げが好調だったので、面目を果たしている状態だ。
これは後々の営業にも関わってくる問題なので切実だ。物を売れないモデルでは話にならない。
まさか、一人のセレブのインフルエンサーの行為によってここまでの広がりを見せるとは思いもしなかったので、一同反響に驚いている。
尚紀自身は世間に顔を晒す仕事をしているベネフィットはもちろん、リスクも理解しているつもりだったし、とくに危険も承知していて注意している。
それにしたって、この展開は想定外で、斜めすぎた。
「あぁぁ……。尚紀が人気者になりすぎちゃって、俺の眼鏡をかけてもバレるだろうなあ……」
そんな廉のぼやきが尚紀の脳裏に蘇る。
来年の春は彼の眼鏡をかけて中目黒の桜を見に行こうと話をしていたのだが、まさかのサングラス姿のビジュアルがブレイクしてしまったため、眼鏡をかけても変装にならないねと、苦笑していたのだ。
「俺の尚紀がー」
その気持ちはすごくわかる。廉の眼鏡をかけて一緒に桜をみたかったなという気持ちが過った。しかしこれは世間に顔を晒す仕事の代償ともいえる。
最近では病院にいくだけで人の注目を浴びているような気がする。気にしないようにしているが。
「しかしすげーな。尚紀。人ってこうしてブレイクしていくんだな」
そんなふうに感嘆の連絡を入れてきてくれたのは、パリで活躍するモデル仲間の信だった。流石に同業者は日本の動向をよく見ていた。
「ナオキ」というアイコンが拡散されてすぐ、信は尚紀に連絡してくれたのだ。
「信さん……」
「あはは。ずいぶん疲れた様子だね」
「僕、とにかく驚いて……気疲れします」
尚紀の生活はそれくらい一変した。
クライアントはフットワークの軽い会社で、この状況下を利用して、いっそのことコーポレートモデルにならないかと打診があったが、体調と兼ね合いがつかないとのことで辞退した。
タイミングや今後のキャリアのことを考えれば引き受けるべき案件で、尚紀も一時的には前向きだったが、なにぶん時機が悪かった。
尚紀にとって今は体調を優先させ、来るべきペア・ボンド療法に向けて体調を整える時期だ。これは尚紀にとって最優先なので仕方がない。
野上や庄司はもちろん、廉や颯真とも相談した結果、辞退することにしたのだ。
未練がないわけではないが、すべてはタイミングが悪かったのだ。
大きな会社でフットワークが軽い。今後もモデルをしていくのであればとても魅力の案件だった。しかし、露出も多忙さも一段階上がる。
「まさかナオキの動画が、こちらにいて飛び込んでくるとは思わなかった」
信は現地のネット情報で知ったとのこと。
当然最初はナオキに似た人物で、まさか本人だとは思わなかったらしい。
「すごいじゃん」
信はそう言ってくれたが、どう考えても海外セレブによる棚ぼた感が拭えないのが正直なところ。
「完全に運です。僕の実力ではないです」
ナオキはそう謙遜したが、信はスマホの向こうで鼻で笑った。
「違う違う。それも実力、だろ」
そういえば、かつてそんなことを言い合った。
「……そうでしたね」
尚紀も笑った。
「大丈夫、今でなくてもいつか何かに結びつく。人生なんてそんなものだ。無駄なんて一つもないんだから」
信の言葉は、実感に基づいているのだろう。力強かった。
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