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15章(3)

 信はというと、ここ半年ほどの間にいくつかのショーを経験し、確実に着実に足場を固めつつある様子だ。そのような、自分とは全く違う世界に身を投じている友人から直接、しかもかなり早いタイミングで連絡が入るとは、尚紀も考えてもみなかった。  情報の拡散に国境のような隔たりはない。  いわば、砂が手のひらから溢れ落ちるように、情報が広がりをみせるのを、止める術はないということ。コントロールできないものの中に自分の情報が含まれている事実に、尚紀はわずかな怖さを感じたが、名前や顔が売れる、というのは、つまるところそういうことなのだと納得させた。  季節はさらに移ろう。  アイウエアブランドの騒動以降、尚紀の国内での知名度は格段に上がった。  止められないネットの情報拡散力には驚き畏怖の念さえ感じたが、現実的に何かしらの被害を被ったわけではなく、むしろ尚紀は有名モデルの仲間入りを、いつのまにか果たしていた。  それまではコスメや美容に興味がある若者の間という限定的な中で知られた存在だった「ナオキ」だが、これをきっかけに「モデルのナオキ」の名前は、全国区となった。  しかし、その知名度の上昇に反するように尚紀の活動は再び静かになったため、その話題は長く続くことはなかったようだ。  八月下旬。まだまだ暑い日が続くが、お盆を過ぎ、季節としては晩夏という頃。  尚紀は、再び発情期に見舞われた。昨年の柊一の死去のタイミングから続く不定期の発情期としては七回目となり、颯真のフェロモン治療を受け始めて約半年。自分の発情期が完全に主治医のコントロール下にあることを尚紀は実感した。  今回の入院はこれまでとは異なり、予定入院に近いものだった。お盆が明けてすぐに尚紀は颯真の診察を受け、その時に提示された通りのスケジュールで発情期がやってきたのだ。  具体的には、入院日の朝はまだ症状が出ておらず、電車でみなとみらいの誠心医大横浜病院まで向かい(知名度が上がったので廉には大いに渋い顔をされたが)、そこで予約通りに颯真の診察を受け、そのまま入院することとなった。  彼はすべて把握している様子で、診察後に少し休んでいるとすぐに症状がでてくるから、と言われ、その通りになった。  時間やタイミングを狙えるほどの厳密な治療ではないと思うのだが、自分の体内のリズムをこの主治医は把握しているのだと、尚紀は感じた。  尚紀の颯真への信頼はさらに厚くなる。  今年二月に始まったフェロモン治療も、そろそろ佳境の様子。 「特別室に入るような入院は、今回が最後になるといいな」  そのように颯真には励まされた。治療終了も近いのだと、尚紀は思った。

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