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16章「そして、本格的に動き出したのです」(1)
颯真の診察は、ペア・ボンド療法の話に移っていく。
聞けば、今年の春に正式に実施が決定された臨床試験は、着実に準備が進められており、年末から年明け頃の実施を予定に、もうすぐ臨床試験の参加者のエントリーが始まる段階とのこと。
「あの、以前伺った廉さんの話はどうなりました?」
「利益相反の方はなんとかなりそうだよ」
以前、颯真から廉と尚紀に話された利益相反の件については、あくまで尚紀が被験者で、廉は協力者という立場から、機密事項に触れられないため、廉が誓約書を数枚多めに書けばどうにかなりそう、という話を聞いた。すでに廉にはそのように連絡しているという。
「ただ、コンプライアンス違反はねえ……」
颯真は言葉を濁した。
廉がペア・ボンド療法に勤める会社が規定するコンプライアンスに違反する可能性については、実施する側としてはどうにもしようがないとのこと。
最終的には廉の判断にゆだねられる。こちらは目を瞑るというので、本人の決断次第になるという。
「かなり異例のことだけど。でも、あいつはもう決めているからな」
「……」
どうにもならないようだ。沈黙する尚紀に、颯真は意外にも強めの口調で言い切る。
「究極的には、社会的な地位を選ぶか、アルファとして番を選ぶかという二択の話なんだ。自明だよ。廉の決断は共感できる。俺でもそうする」
わかった? と言われて尚紀は頷くしかない。
「颯真先生がおっしゃることですし、同じご意見ということであれば……」
自分は飲み込むと尚紀は言った。
「大丈夫ですか、と気遣うのも思いやるのも大事だ。だけど、廉はそれでも廉さんと番たいです、という尚紀の言葉を期待していると思うよ」
それは尚紀にとっても同じ意見だ。
「そもそもそれでも廉さんと番たいと言ったのは僕です。自分の言ったことには責任を持ちます」
その言葉に颯真は頷いた。
「いいね。必要なのはその覚悟だと思う」
結局は、自分は廉と番うことで同じ覚悟を持つことができるのか、が問われている。すでに走り始めた今、自分が望んだことではないと翻すわけにはいかないし、本音は渇望しているのだから覚悟を決めるしかないのだ。
ただ、そこまでして自分を欲しいと言ってくれる廉には感謝の気持ちしかないし、自分が番になることで廉の人生にこれまで以上の彩りと幸せを運びたい。
ペア・ボンド療法の件は連絡待ちになった。
仕事も落ち着いている。晩夏の季節、尚紀はぽつんと時間が空いてしまったので、図書館に行くことにした。
以前、まだ夏木が健在で、柊一や達也ともうまくやっていた、穏やかな毎日だった頃は、よくオフの日に図書館や映画に行っていたことを思い出す。あれが自分のオフの時間の潰し方だったと懐かしく思う。中学時代で勉強に挫折し、結局高校を卒業できていないのは、尚紀にとって引け目に近い。自分で動いて知識を身につけ情報を集めるのは必要だと思っていた。
早速近くの図書館を調べてみると、歩いて十五分くらいのところにあることがわかった。しかもその途中には、川沿いにベンチが設置されていたり、カフェラテが美味しいカフェや人気のベーカリーもあるそうで、行き帰りの道中も楽しそう。
尚紀はワクワクしつつ外出の準備を整えて、早速部屋を出た。
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