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16章(4)

 尚紀は手にしている絵本を借りようかと思ったが、しばらく躊躇って、それを本棚に戻す。  駅前の大型書店にあるような気がするし、これは借りるのではなくて、買って読んだ方がいい気がした。いや、ずっと手元に置いておきたいと思う予感がしたのだ。  こんなふうに達也と再会できるとは思わなかった。彼の著作はこれだけだろうか。帰りがけに本屋に寄って著作をすべて手に入れて帰ろう。そして可能であれば出版社に連絡をして今の連絡先を教えてもらうことはかなうだろうか。もともと同居していたとこちらの事情を話せば、もしかしたら教えてくれるかもしれない。  そういえば駅前に大きな本屋があるのだ。あそこならば絵本も揃っていそう。  そこまで考えが至ると、少しそわそわした気分になってきた。今日はここで読書に浸る予定だったのだけど、早く本屋に行きたくなってきたのだ。  達也に再会できるかもしれない、そんな喜びとともに発想が広がってしまったのだ。  今から、本屋で達也の著作を手にする自分、そして達也の居所がわかったという展開まで一気に想像が広がってしまい、興奮してしまった。  しかし、尚紀はふと気がついた。  彼は、おそらく柊一が亡くなったことを知らないということ。  本棚に返した絵本の表紙を見る。三匹の毛色が違ううさぎが、手作りのたっぷ苺のケーキを囲んでいる。  こんなふうに三人の思い出を美しいものとして大切にしている彼が、事の真相を知ったら、おそらく悲しむだろう。伝えるべきだろうかと迷った。  いや、と尚紀は思う。  本音は自分が怖いのだ。  達也に伝えること。柊一の死を知らせることが。    彼はあの時、「シュウさんは自分で望んでいる」、「シュウさんは夏木に半分あっちにもってかれている」と尚紀に訴えた。あの時尚紀はなんてことを言うのだと呆れたが、この絵本を見る限り、あれは本音ではない。あの決別のきっかけとなった会話の応酬など、互いの本音とはほと遠い部分で行われたものだった。売り言葉に買い言葉、どうにも折り合いがつかなくなり、喧嘩別れとなった。  あの時、どうして歩み寄れなかったのだろうと今更ながらに悔しく思う。  だからこそ怖い。    少し考えようと尚紀は結論づけた。絵本を手に入れておけばいつでも動き出せる。達也に柊一の死を……その経緯を伝える覚悟が決まったら、出版社を通じて彼に連絡すればよいのだ。そう自分を納得させた。  図書館からの帰りがけ、駅前の大型書店で「柊達也」の著作を購入した。  尚紀が図書館で見つけたのは「三びきのどうぶつのたんじょうび」。  この物語はこれで終わりではなかった。 「三びきのどうぶつ」シリーズとして、続編があったのだ。 「きんようびはカレーのひ」 「アイスクリームはひとつずつ」  このシリーズは、紛うことなく、達也と柊一と尚紀の物語だった。  金曜日をカレーの日と定めたのは達也。  尚紀はその頃すでに仕事のために都内で一人で暮らしていた。 「ナオキ! 明日はカレーの日だからね。ナオキが好きなチキンカレーだから、早く帰ってきてね!」  そう連絡をくれるのが達也だった。  三匹のどうぶつのうち、身体が一番小さい茶色いうさぎが鍋を覗いて言った。  きんようびは、みんな  ちょっとつかれています。  でも、だいじょうぶ。  だってきょうは、カレーのひ。  表紙は温かい灯りがともる家に、白いうさぎが帰るシーン。  尚紀は涙が溢れてきた。    夏の暑い日に、買い物の後コーンアイスを買って帰ることを提案したのは尚紀。 「そんなにおいしいなら僕のも買ってきてよ」  そうリクエストしたのは柊一。  ひとつより、  ふたつより、  さんびきで たべるのが、  いちばんおいしい。 「美味しいは分けると増える……」  尚紀は、廉の帰宅までの間、ボロボロと涙を流しながら。達也の著作をめくった。

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