271 / 276

16章(8)

 ダイナーを出て、青空の下を二人並んで歩き始める。海の近くだけあって、空が広い。夏の強い太陽の日差しが和らいできている。青空を仰ぐととても気持ちが良くて、背伸びをしたくなる感じだ。  観覧車の近くを通るとやはりかなり混んでいるような様子で、並んでいるうちに病院の予約時間が来てしまいそうだと諦めることにした。 「観覧車はまたにしよう。また乗れるタイミングはあるよ」  そう慰めてくれた。  そう廉とはこれからもここにくる機会は何度もあるのだろうから、と尚紀も納得した。   「廉さんはこのあたり本当に詳しいですよね」  そう尚紀が言う。今は観覧車を通り過ぎ、大きな商業施設に向かっている。  廉の実家は品川だと聞いた。現在は中目黒に住んでいて、職場の最寄駅は品川駅だ。中学高校が尚紀と同じ学校だったので横浜になるが、このあたりに詳しいのは、そのような理由なのか、それともこれまでに何か縁があった場所なのだろうかと単純に疑問に思ったのだ。 「ああ、そうかも。昔からこのあたりで遊ぶことも多くて。颯真と潤……双子の弟な、二人の地元が横浜なんだよ」  颯真の地元を尚紀は初めて知った。 「そうなんですか。初めて知りました。颯真先生はこの辺りの方なんですね」  廉は頷いて、わずかに見えるマリンタワーの方角に視線を向けた。 「あの先、元町の上……山手になるのかな。実家はあのあたりだ。それで自然とこのあたりにも詳しくなったんだ」  廉の中学時代は常に颯真が隣にいたし、きっと学校だけでなく、休日のプライベートも彼らと一緒にいることが多かったのだろう。 「このあたりでよく双子と買い物したり映画を見に行ったり、遊んだよ」  だからあの観覧車からわずかに富士山が見えることを知っていたのだと尚紀は合点した。 「じゃあ思い出の場所がたくさんですね!」  きっと中学生や高校生の時に駆け回った思い出があるのだろうと思った。  しかし、廉はふふっと笑った。 「それなら、今こうやって尚紀と歩いているのも、いずれ大切な二人の思い出になるな」  尚紀は思わず廉を見た。その横顔がとても凛々しくて胸を掴まれる。  この人が、自分の番になるのだ、と尚紀は唐突に感じた。  廉は前を向いて尚紀に話しかける。 「きっと俺たちは年を取ってから、まだ番になる前に秋晴れの中、みなとみらいの街を一緒に歩いたなって、思い出話を楽しくするんだよ」  そんなふうに尚紀と生きていたらいいな、と廉は言った。 「尚紀は変わらずかわいいな、って思いながら、俺はきっとそういう話をする気がする」  それは、二人が共に人生を歩んでいくということ。時間を共有し、年を重ねて、人生を重ねていくということだ。この人の視線の先には、そのような自分との未来を見据えてくれている。尚紀はそんな廉のことを込み上げてくるほどに愛おしく感じ、思わず呼びかける。 「廉さん。あの、手を……繋いでいいですか?」  そう聞くと、廉は嬉しそうに笑った。 「もちろん!」  そう言って廉が尚紀の手をとる。指を絡ませて、ぎゅっと握ってくれた。そして、その手にキスをしてくれた。 「俺が手を繋ぐ相手は、もう尚紀だけだからな」  誠実な目が尚紀を見つめる。  とても温かい手。 「こうして手を繋いで歩いたことも、きっといい思い出になりますね」  今の幸せを噛み締めつつ、尚紀はそう答えた。

ともだちにシェアしよう!