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16章(9)

「そう、廉から聞いたんだ。実家は近くなんだ。ここから車で十五分だよ。今は中目黒に住んでるけど」  先ほどまで問診でやりとりしていた体調の変化についてパチパチとPCに打ち込みながら、颯真は尚紀の雑談に応じた。 「今日はここに来る前に廉さんとみなとみらいを散策したんです。颯真先生が地元だから、昔からこの辺りで遊んでいて街に詳しいって聞きました」と話したら、颯真が少し驚いた表情を浮かべてから、頷いてくれた。 「今日はデートだったんだ。楽しめた? 廉とは中学から一緒なんだけど、よくこっちに来てくれてさ。あの湾岸沿いの遊園地とか、何度も遊びにいったよ」  わりと娯楽が多いから、飽きずに遊べるよね、と颯真も懐かしそう。廉と颯真はあの場所で、青春時代の多くの時間を共有したのだろう。  そんなことに思いを馳せると、尚紀自身もなぜか嬉しくなる。自分はその場にいなかったのに、思い出を共有できているような気分になる。 「話を戻そうかな。フェロモンは以前よりは安定して抑えられてるようだね。だけど、今日の検査でわずかに上がってきてるから、投薬だけしておこう。飲み薬はこれまでと同じものを出しておくので、それで様子を見てくれる?」  尚紀はわかりました、と頷いた。  そこで尚紀はフェロモン抑制剤を腕に打たれた。これで少し数値が落ち着くと思う、と言われる。 「来週また来てもらえる? これからのこともあるし、継続してちょっと診ておきたい」  尚紀も頷いた。 「わかりました」 「今日の診察はこれまで。ちょっと待ってね、廉を呼ぶから」  そう言って診察室の外の待合ロビーで待機している廉を颯真が呼び出す。 「失礼します」  ノックがされて、廉が一言断って入室する。 「お疲れ」  颯真がそうフランクに挨拶すると、廉も「土曜日も外来は大変だな」と親友を労う。  廉が尚紀の隣の椅子に腰掛ける。颯真は先ほどよりも少しリラックスした表情。颯真といえど、やはり患者である尚紀といる時より、廉がいるほうがプライベートな雰囲気が出てしまうのかもしれない。  それはそれで、柔らかい雰囲気なので好きだな、と尚紀は思った。アルファが二人一緒の姿を見るのが、好きなのかもしれない。中学時代は絶対に入り込めない、外から眩しく見ていた存在だったから、尚紀にとっては、そこに入ることを許された特別な気持ちになれるからかもしれない。 「外来と……あと、例のペア・ボンド療法について、別で時間をとったほうがいいと思ってね」  土曜日の午後にセッティングしたと颯真は言った。 「正式なものではないけれど、今回は概要を説明しておこうと思って。  いずれ俺も同席して専門家のコーディネーターの説明を受けて、正式に参加にサインをしてもらうので、今日はその前段階と捉えてほしい」  尚紀は隣に座る廉を見て、頷いた。 「わかりました」 「わからないことや疑問点があったら、遠慮なく言ってね」

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