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16章(13)
ペア・ボンド療法の実施に向けて、具体的なスケジュールが示され、尚紀も廉もそれに向けて動くこととなった。
颯真から治験の説明を受けてからしばらくして、再度病院に二人で赴き、そこでコーディネーターと呼ばれる専門家と颯真から、詳細な説明を受けた。
具体的な内容やスケジュール、事前の処置の内容、その時の身体に現われると予想される症状や問題、そして実施日の手順など。
それらすべてを聞いて、二人は治験参加の書類にサインした。廉は協力者の立場でありながら、競合企業の所属であるため、別にいくつかの書類が用意されていて、それらにもサインを入れた。
聞けば、尚紀のようなオメガの患者はすでに数人エントリーされているらしい。
都合や体調を鑑みて、十一月中旬に尚紀が入院することになり、その間は廉との面会はおろか、連絡も遮断されることとなった。
廉もその後ヒート抑制剤をコントロールしていくという。
いよいよ、ペア・ボンド療法が、すぐそこに迫ってきていることを尚紀も実感した。
それから数日後の十月下旬。秋の気配も濃厚になってきたある日、尚紀は渋谷にあるオフィス・ニューを訪ねた。
半年ほど前に、思わぬところから話題となり、ナオキを全国区のモデルに押し上げられてしまったアイウエアブランドの一件以降、尚紀はほとんどモデルとしての仕事をこなせていなかったが、オフィス・ニューは庄司を通じて連絡をとっていてくれて、状況は野上にも伝わっていた。
「ナオキ! 久しぶりね!」
事前に連絡していたので、出迎えてくれたのは野上だ。この人の美貌は相変わらずだと尚紀は思う。出会ってもう八年が経とうとしているが、あの頃初めてここで会った時と、ほとんど変わっていない。面と向かって容貌の感想を述べたことはないが、この人への感想はこの八年変わらない。自分だけ、大人になった気さえする。
いつものシックな色使いのスーツ姿。ただ、八年前と少し違うのはお互いの距離感で、野上は躊躇いなく尚紀をハグしてくれた。それが尚紀も嫌ではないので、ハグし返す。
ここ十ヶ月ほどは、モデルとしてのナオキはキャリアとしても大きかった案件を失い、復活の足掛かりとなりそうなチャンスも、すべて体調の兼ね合いで諦めざるを得ない状況だった。事務所へは迷惑以上に損失さえ出している気がする。しかし、野上は気にするなと、待ち続けてくれている。ありがたいと思うし、期待に応えたい。
ナオキがモデルとしての地位を確固たるものにしていく過程で、オフィス・ニューもまた業界内での地盤を整え、ポジションを確保し、着実に所属モデルを増やし仕事を増やし、評価を上げている。現在、業界内ではかなり評判の良い事務所になっていると聞く。そのためだろうと思う。
「ご無沙汰しています」
そう挨拶する。ジャケットを脱ぐと、野上に見つめられることに気がつく。自分がまだ現役モデルとして使えるのか、見極められているのだろうと思った。その視線は昔から変わらない。
「あれから、体調はどう?」
そう問われて、尚紀は頷く。
「おかげさまで、かなり体調も安定してきました。ご迷惑をおかけしました」
尚紀の報告に、そう、と優しく頷く。
「そろそろ本格復帰も叶うかしら」
復帰には医師の診断書が必要だという話ではあったが、尚紀は首を横に振った。
「実は、もうしばらく……いや、思い切って休業を宣言した方がいいかもと思っていて」
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