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17章(7)

 あの香りがふわりと嗅覚に触った。  煙草の匂いが入り混じった、記憶にも触れる香り。  背後から近づいてくる。気持ちが身構えてしまう、あの香り。  汗ばんだ皮膚に絡みつくような、熱を孕んだ匂い。  そういえば、こんな感じだった。  尚紀は思い出していた。  何も纏わない腰にぴたりと手を添えて、あの香りが尚紀の身体をに纏わりつく。  気がつけば四つん這いにさせられていて、腰を高く掲げた体勢だ。  逃げたい。  だけど、動けない。  それどころか官能的な前戯に身体は煽られて、下半身はじんじんとして熱を持ち、腰は揺れて止まらない。  早く入れてと言っているかのように。  嫌なのに。  視界は潤んでいて、噛まれた項は熱くて痛いのに。  背後からぐいっと入り込まれて、声が漏れる。 「あっ……ん」  衝撃なのに、嫌なのに、怖いのに。どうしてこんなに甘い喘ぎが漏れるのだと、愕然とする。  身体は喜んでいるが、気持ちがついていかない。  いや、むしろ……。  気持ちが、身体に裏切られているみたいだ。    早く終わって……。  追い立てる勢いが強まって、あの香りがますます濃厚に纏わって、朦朧としてくる。 「くっ……!」  腰を突き上げられ、果てた。  同時に尚紀も、搾り取られ達した。気持ちがいいだろうといわんばかりに。 「お前の身体は、もう俺を知っているのにな」  そんな満足げな呟きが背後からした。耳元でわかる、香り、そして呼吸と熱に尚紀は戦慄する。  夏木は尚紀の耳元で、こう囁いた。 「もし番えなかったら、あの男はどう思うんだろうな」  その言葉に身が凍った。  気がつけば冷えた身体を抱えて、尚紀は真っ暗の室内で横たわっていた。  微睡などない。  ここは夜の病室。  夢か、とは思ったが、ホッとする余裕などなく、手が自然と項に伸びた。  汗をかいているのか、首が冷たい。感触はいつもの慣れた傷口で、それにホッとした。これは十年前に付けられたものだ。  首が冷たくてしばらく手を添えて温める。  ひどく寝汗をかいたようだ。  嫌な夢だった。  夢の中で抗えなかったし動けなかった。  完全に夏木に引きずられていた。身体は確かに覚えているのだ。刻まれた絆をまだ。  番えなかったら、どう思うか。   夢の中の言葉が、ふと差し込むように蘇ってきた。  思わずぶるりと身が震え、尚紀は身を縮めて丸くなり、布団を肩口まで引き上げた。  目はすっきり冴えてしまったけど怖い。  どうしよう。  なんてものを見てしまったんだろう。  枕元に置いた時計を見ると、まだ深夜。夜明けまで数時間ある。  無理矢理目を瞑る。しかし、蘇るのは先ほどの言葉。  番えなかったら、あの男はどう思うんだろうな……。  それは、すなわちペア・ボンド療法の失敗。  これまで考えたこともなかった。  成功しか信じていなかった。失敗する可能性なんて微塵も疑ったことはなかった!  だけど、今、尚紀の中で疑念が生まれてしまった。  ペア・ボンド療法で、自分の身体は本当に廉を選べるのだろうか。

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