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18章(3)

 しかし、庄司があえてそれを知らせてくれたということは、それを尚紀が喜ぶ話だと思ってくれていたからだろう。  尚紀はそう解釈する。 「それは、よかったです」  自分が今できることは、お世話になった事務所の吉報を知らせてもらったことに感謝して喜んで祝意を贈るだけだ。この際個人の感情は置いておく。 「すごいことです。いいチャンスだと思うし、経験にもなるから、ぜひ頑張ってほしいです!」  そう言った。  自分で失ってしまった仕事を、後輩が獲得したことは喜ばしいことだと思う。おそらくここでモヤモヤしているのは、前に踏み出せない自分へのもどかしさなのだろう。だって、あの仕事を失ったのは仕方がないことだと納得しているのだから。 「それもナオキの実績があったらこそ、なのよね」  そう気遣うように庄司には言われたが、尚紀は首を振る。 「いえ、むしろ体調が整わないばかりにご迷惑をかけてしまって……。だから、もう一度巡ってきたのはすごいと……、正直ホッとしている部分もあります」 「そう」  庄司は頷いた。  今日、横浜に行く予定だと言ったら、尚紀の病院に顔を出してきてほしいと言ったのは社長なのよ、と庄司の言葉が続いた。  尚紀は驚いた。 「え。社長が、ですか」  尚紀は入院前に一度事務所を訪れて野上と話をしている。  その時は、詳しい話ができなかったが、長期にわたる入院が必要と話すと、いくつかのオファーを断わると言ってくれた。また迷惑をかけたと尚紀は思っていた。長い付き合いのなかで、迷惑をかけまくっている。 「復帰の際は連絡を、と言っていたわ」  少し気が早いよね、と庄司は苦笑する。だがそれは期待の表れだと尚紀は解釈する。  まだ自分は野上から期待されているのだと思うと、自分の中にぽっかり空いた穴に、何かが少しずつ満たされていくのを感じる。それは、おそらく廉からの愛では満たされないもの。  尚紀の反応に満足したのか、庄司は頷いた。 「わたしも待っているわ。すべて終わったら、また一緒に仕事をしましょう」  ペア・ボンド療法を経て、廉と番になったとして、自分はモデルとしてやっていけるのかと少し不安に思う部分もあった。しかし、尚紀は思い直す。この選択は、できるか否かではなく、したいか否かでいいのだ。 「はい。僕もまたお仕事したいです」  それだけの蓄積が、いつの間にか自分にはできていたのだと素直に思えた。 「今日は来てくださってありがとうございます。退院の目処が立ったら、必ずご連絡します」    翌日、尚紀は朝の回診が終わった後、院内に併設されているコンビニエンスストアに向かった。昨日は庄司と話せて少し気分が晴れたので、気持ちは少し前向きだ。  もしペア・ボンド療法が失敗したとして、廉との関係に変化が起こっても、自分には仕事という支えがある。  健全な思考ではないが、それは致し方がない。おそらく治験への不安は拭えていないから。どう払拭していいのか尚紀自身もわからない。そう思えるようになっただけ前向きになったと考える。  院内にはコンビニエンスストアとコーヒーショップがあって、ともに外来のロビー階に併設されている。見舞客や外来患者と思しき人のほか、パジャマや病衣姿の患者もちらほら見かける。自力歩行が可能な尚紀のような患者にとっては院内のコンビニは娯楽の一つだ。  これまでの発情期の入院だと、特別室から出られないのでここまで来ることも叶わないが、今回は何度かロイヤルミルクティを買いにきた。  今日は雑誌コーナーを見渡して、お目当ての一冊を見つける。ちょっと厚めのメンズファッション誌。レジで会計を済ませて胸に抱えてコンビニを出た。  庄司によると、精華コスメディクスの公開オーディションの記事が掲載されているとのこと。少し読んでおこうと思った。  土曜日の朝の外来フロアは人が多くざわついている。昼まで外来診察が行われているようだ。  アルファ・オメガ科の外来前を通りかかると、オメガっぽい人たちが何人かロビーのベンチに腰掛けていた。いくつか並ぶドアを見て、颯真の名前を担当医師の名札に見つけた。  今朝も颯真は顔を出してくれた。今は外来をしていて、大変だなあと思いつつ、あたりを見渡すと、その近くでどこかで見た人物に目が止まった。  印象的な出立ち。  背は高くないのに、やけに存在感がある。自分と同年代で、中性的な顔立ち。  イケメンと騒がれそうな……。  経済誌にも映える……。あの人だ。 「あの……失礼ですが、森生潤さんですか?」  尚紀は思わず声をかけていた。

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