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18章(4)
完全に勢いだけの行為で、何を話すかまったく尚紀は考えていなかった。
森生潤。
廉の親友で、颯真の双子の弟。
そしてオメガで、製薬会社の社長。
尚紀自身は面識はなく、雑誌の記事を読んだだけ。学生時代の記憶も、廉と一緒に並んで歩く姿を見かけた程度。
一番印象的なのは、やはり卒業式の時の、廉と並んで歩いていた後ろ姿だ。
しかし、オメガでありながらビジネスシーンの第一線で活躍しているというそれだけで、尚紀にとっては尊敬する点で、さらに廉の上司であれば、なおさら。さらに興味も湧いた。
機会があればお会いしたい、お話ししたいと思っていたところに舞い込んだチャンスに、思わず声をかけていた。
「……え、ええ」
相手の戸惑いを目の当たりにして、尚紀は我にかえる。いきなり声をかけたことに少し後悔した。
「よかった。間違えたかと思いました」
戸惑いと僅かな後悔を表に出したくなくて、言葉を繕う。間違えるなど、おそらくない。
咄嗟のことだったが、確信を持って話しかけた。
「あの、貴方は…」
尚紀はドキドキしていた。
「あの、僕は西尚紀と言います」
相手が頷いた。自分は病衣姿だし、入院患者にいきなり話しかけられたと状況を理解したのかもしれない。
よくよく考えてみれば、いきなり話しかけるなんてとても怪しくて不審者だ。颯真から紹介してもらうとか何かしらの緩衝があっても良かったが、話しかけてしまったものは仕方がない。警戒心を解きたくて、尚紀は言葉を重ねる。
それがまた不審そのものだが……。
「颯真先生の弟さんですよね」
少し驚いたような表情。焦って、そのものズバリに踏み込んでしまったかも……。言ってから後悔するのは今日何度目か。当たり障りなく話しかけるのは難しい。
「ええ……なにか」
警戒心を解かれずに聞かれたのはわかった。身の置き場がない。
「颯真先生の双子の弟さんがオメガだってのは知っています。あなた自身も有名ですし」
なんとか、自分は無害な人間だと言いたいのだけど、どんどん藪蛇に陥っている気がする。そこで尚紀は思い出す。
「実は、僕は中学の時の貴方の後輩なんです。だからちょっと懐かしくて、声をおかけしてしまいました」
いきなり話しかけた理由をそう白状すると、相手は少し驚いた様子。
「え?」
驚きますよね、と尚紀は頷く。自分なんてこの人の視界にも入っていなかったと思うし、いきなりそのようなことを言われれば、驚くだろう。
「先輩は目立ってましたから。颯真先生や廉さんと常に一緒にいて……」
そう話すと、記憶を手繰ってくれている様子。
「君は僕の……」
「二歳下です」
意気込んでそう言う。颯真と廉の名前はやっぱり威力があるみたいで嬉しい。
「申し訳ない。あまり仲の良い後輩もいなかったから、尚紀さんのこと、あまり覚えていないようです」
潤のその言葉とトーンに、尚紀はとっさにブンブンと首を横に振った。そんなことない、思い出そうとしてくれたことが嬉しい。そこにこの人の誠意を感じる。謝罪なんて必要ないです!
そして、学生時代の後輩、ということで不審者から格上げしてもらえたようで安堵する。
すると、潤は今度は尚紀が驚くようなことを言い出した。
彼は、モデルの「ナオキ」を知っているという。印象的な強い目線は演技でないと、モデルのナオキの持ち味を評価してくれる。自分の存在が、この人の視界に入っていたことに驚きを感じる。
素直に嬉しい!
「尚紀さんはここに入院してるんだよね?」
潤からの問いかけに頷く。「尚紀さん」と名前を呼んでくれたことに喜びが溢れる。
「偶然ですが、颯真先生にお世話になってます」
するとちょうど目の前の診察室のドアが開き、患者を見送る颯真が顔を出した。
病室を抜け出したことを少し怒られて尚紀はしょんぼりするが、目の前で二人がフランクな会話を繰り広げはじめて、本当に兄弟なんだなぁとしみじみ考えて、あっさりと気持ちが浮上した。颯真だけでなく、潤も見ていて和む。ニコニコで様子を眺めていたら、潤に話しかけられて我にかえる始末。
「潤先輩、またお話させてもらっていいですか? 僕、しばらくこちらにご厄介になる予定です」
尚紀のそんな未練たらたらな誘いに、潤は頷いた。
「わかった。僕も近く来る予定だから。また会おう」
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