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18章(5)

 じゃあね、と潤に挨拶をされて、尚紀は一礼して見送った。  うまく言葉にできないのだけど、以前廉の部屋にあった雑誌で見たときは、凛々しい印象だった。実際に会うと、しなやかな佇まいで、それでいて柔らかさもあって。不思議なことに温かさを感じた。  コートを小脇に抱えたプライベートの姿だったからだろうか。あのスーツの印象は強烈だったから。  それでも、気がついて声をかけてしまったのは、存在感があったから。そこは多分高校時代に廉の隣で笑っていた頃と変わりはない気がする。  オメガなのに、すごいな……。  そのように区別するのは、失礼であるような気もする。しかし、アルファやベータと比べられる一般社会で、同じような……いや、それ以上の成果を出していると聞けば、どうしてもそう感じてしまう。 潤に抱く親しみの気持ちの根底にあるのは、おそらく尊敬の念だ。  午後になって颯真が顔を出してくてくれた。今日も投薬治療があるので、その時にベッドで診察をしてくれる。  ペア・ボンド療法の事前治療は少しずつ負担も軽くなっている印象が尚紀自身にもあった。明らかに最初の頃よりフェロモン抑制剤の投薬の負担は減ってきている。それは尚紀が強い薬に少しずつ慣れてきているということもあるようだった。 「そういえば、さっき診察室の前で弟の潤と話していたね?」  そのように話をふられて、尚紀は我が意を得たりと頷いた。 「はい! 廉さんの部屋で雑誌でお姿を拝見して、お会いしてみたいなって思っていて」  本当に偶然お見かけして、思わず話しかけてしまいました、と告白する。 「潤先輩がここにいらっしゃるとは思ってなくて」  ちょっとびっくりされていましたけど、中学の後輩と話したら、理解していただけました、と尚紀は続けた。 「時々来てるよ。俺が診てるからね」  颯真先生の患者さん、と尚紀は思う。兄弟だったら、なんて心強いだろうと思う。 「そうなんですね! また来るから会おうって。お話しできるといいな」 「尚紀が会いたがってるって言っておくよ」 「嬉しいです! ぜひお願いします」 「あ、でもまだ、あいつには言えないから気をつけてね」 「何をです?」 「ペア・ボンド療法のこと。廉の会社の関係者だから」  そうかと尚紀も察した。廉は会社の規定を逸脱する可能性を承知しながらペア・ボンド療法に参加している。それならば当然、所属企業の関係者に話すことはできない。  彼は、廉の会社の社長で上司だ。 「そうでした」  焦って何か変なことを言っていないかと尚紀は会話の記憶を辿る。  多分……大丈夫? いや、もしかしたら一度、廉のことを「廉さん」と言ってしまったかもしれない。彼は気に留めた様子ではなかったかもしれないけれど、本来であれば「江上先輩」と言うべきだった。おそらく、少し自分の欲が出てしまったのだと思う。 「僕、一度廉さんって言っちゃったかもしれません。……気をつけます。廉さんに迷惑をかけるわけにはいかないから」  颯真は優しくなぐさめてくれた。 「大丈夫、そこまで気づいていないと思うよ。  ペア・ボンド療法が終わってからちゃんと紹介する。潤には『廉の番』だと言って、びっくりさせてやろう」 「はい、そうですね!」  そう笑みを向けられて、尚紀も頷いたのだった。  颯真とそのように頷きあったとはいえ、本当に廉の番に自分はなるかは分からない。  尚紀の気持ちは揺れ動く。  颯真によって入れられた、少しずつ落ちる点滴を見上げて尚紀は思わず膝をかかえた。  フェロモン療法の影響によるネガティブな思考なのかもしれないが、この疑念は実際にペア・ボンド療法が成功しないと払拭されないものなのだろうと、尚紀も悟りつつあった。

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