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18章(6)

 週末に二人部屋の病室のもう一方のベッドに入院患者が入った。ずっとカーテンが引かれているけれど、颯真が顔を出しているところをみると、彼の担当患者らしい。  カーテン越しで小声で交わされる会話は明確に聞こえはしないが、颯真が親身になって対応しているのはわかった。  颯真先生はいつでも穏やかで優しいなあと、微笑ましい気持ちを尚紀は抱く。  中でも、彼の手は温かくて安心する。  あれは癒しの手なのだなと、常々尚紀は思っている。  ペア・ボンド療法に向けた事前治療は着々と進んでいた。  二回目のペア結合判定。颯真の話によれば、これを乗り越えれば、ペア・ボンド療法の直前に行われる「フェロモン負荷テスト」も見えてくるというのだが、なかなか思うようにはいかない。 「お疲れ様でした」  西さん、大丈夫ですかと草壁に問われて、尚紀は熱くて重い吐息を漏らした。  ひどく気分が悪い。 「すみません……ちょっとつらい」  息を整えようとするが、何かが下から込み上げる感覚。  まずいと思って、尚紀は眉間を寄せて、吐いちゃうかもと漏らすと、草壁は落ち着いた様子で、大丈夫ですよ〜と介助してくれた。  用意されたトレイに思わず嘔吐するが、優しく背中をさすってくれる。  吐くとすっきりするが、体力とメンタルをもっていかれてしまう。発熱したりするよりはまだ良いのだろうが、これはこれで辛い。  背中をさすってくれる草壁の言葉が、尚紀に届く。 「森生先生にもお伝えしておきますね。大丈夫ですよ、身体が慣れようとしている過程です」  結果は悪くないですからね、と慰められた。  結果は悪くはないらしいが……しんどい。  前回に比べて、今回は少し……辛い。行きつ戻りつ少しずつ変化していくと言われたが、前回が少し楽だっただけに、気持ちの落ち込みが大きかった。前進している実感がないのも落ち込む原因の一つだった。  颯真からは、ここしばらくの不調はストレスも影響しているのだろうと言われた。ペア・ボンド療法のプレッシャーなども少なからず感じているらしい。様子を見ようと、点滴を入れられた。 「少し辛いね」  颯真は労るように尚紀の手をとり脈を診る。その手はとても温かい。人恋しい気持ちが込み上げてきた。 「せんせいの手、とても温かくて、大きくてやさしい……」  尚紀の呟きに、颯真は微笑んで、手を布団の中に入れてくれた。  午後はゆっくり休んでと言われて、ベッドの上で冬の空をぼんやりと眺めながら過ごした。  廉が恋しい。  姿が声が香りが温もりが。すべてが恋しい。  あともう少しで会えるけれど、次に会うときは番になる時なのだ。  もし、そこで番になれなかったら……?  いやな考えばかりがぐるぐる巡る。  夕方になって、尚紀にとって、びっくりする出来事が起こった。まさかの、潤が病室に顔を出してくれたのだ。 「あ、潤先輩!」  ひょっこり顔を出した潤を見て、尚紀は現金なことにすぐに元気になった。いや、元気を装わないといけないと、とっさに思ったのだ。 「週明けに来る予定になっていて、時間が空いたから寄ってみた」  そう照れたように言ってくれて、尚紀は感謝の気持ちが込み上げる。気にかけてもらえて本当に嬉しい。そんな彼に、弱っている自分を見せたりして引かれたくないという強い気持ちが、不調に勝った。  気持ちが、かーっと上がる。 「嬉しいです。僕、潤先輩ともっと話したかったので、あの後、颯真先生にもお願いしてしまったんですよ。しつこかったかなって、反省してました。でも、本当に来てもらえるなんて……」  これは本音の中でもかなりの本音だ。颯真は言っておくと言ってくれたが、しつこくなかったかなと後々顧みて少し反省していた。  それにしても、と尚紀はしみじみ潤を見上げる。スーツ姿の彼は先日の姿とは打って変わって凛々しい。かっこいい、とテンションが上がる。舞い上がっているみたいだが、潤といると元気を貰える気がする。  尚紀は潤の姿に、にっこり笑みを浮かべた。

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