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18章(11)

「いらしていたんですね」  尚紀は意識して笑みを浮かべた。  こんなところで、どうしたのかという、潤の問いかけに、尚紀は夜景を見ていたと答えた。  フェロモン負荷テストは明日の午後。  明日の今頃はペア・ボンド療法の可否が判明している。そう考えると落ち着かない気分になってここにいるのだが、そんな込み入ったことをこの人には言えない。 「僕ここからの風景が好きで。よくここで一人夜景鑑賞会をしているんです」  そう答えると、尚紀の中で潤と向き合うリズムが掴めてきた。  しかし、潤は鋭かった。 「……あのさ。尚紀さん、ちょっとナーバスになってたりする?」  尚紀は息を飲む。 「……潤先輩、鋭いですね」  えへへ、と尚紀は苦笑いを浮かべる。  すると、潤の表情が少し切ないものに変化した。ひょっとしたら無理をしていることを見抜かれてしまっているのかもしれない。  一体、この人には自分はどのように映っているのだろうか。 「優しいなぁ……」  本当に優しい人。心配をかけてしまって、ごめんなさい。    少し不安になってるんです、と尚紀は白状する。なぜなのか、その先はなかなか言えないのだけど。  胸に心苦しさが込み上げたが、それが吹き飛ぶような鋭い質問が、再び潤から投げられてきた。 「それはペア・ボンド療法を行う日が近づいてきているから?」  尚紀は心底驚いた。まさか彼の口から「ペア・ボンド療法」という言葉が出てくるとは。おもわず、それをどこで、と問うと、調べたという明快な答え。一人で辿り着いてしまったらしい。そうだった、この人は製薬会社のトップで、廉の上司だったと改めて思い出す。  廉と一対一で渡り合う人なんだ、と実感した。 「ちょっと難しい治療なんだね」  尚紀は躊躇いながらも頷いた。  夏木との絆を廉との絆に結び直すペア・ボンド療法は、救済だと思っていた。そして、それを受ければ、明るい未来はすぐに開けると。  だけどそんな簡単なことではなくて、今すごく緊張している。  もし、明日のフェロモン負荷テストが駄目だったら……。  どうなるのだろう。それは怖くて聞けていない。  これまで廉と離れて治療に臨んできたことも、廉がしてきたことも全て無駄で、未来は絶たれてしまうのかもしれない。それは悲しい。  今、そんな瀬戸際に立っている。  不安がそのまま言葉として溢れた。 「もし失敗したらと思うと、怖くて……」  すると驚くことに、潤に腕を取られ抱き寄せられた。彼の爽やかな香りがかすかに香ってくる。尚紀も潤に抱きついた。温かくてほっとする……。  もし、ペア・ボンド療法が失敗して、自分たちが番になれなかったら……?  これまで浮かんでは消して、考えないようにしていた可能性が目前に突きつけられて、不安なのだ。  尚紀、と廉が呼ぶ声が、聞こえた気がした。  それは幻聴にすぎないけど、自分の中ではすぐに耳に蘇る、どこまでも誠実で、優しくて強い人。きりりとした横顔が浮かぶ。 「あの人に申し訳ないなって……」    どうしても堪えきれずに、尚紀は廉のことを「あの人」と表現して吐露した。 「……僕のために手を尽くしてくれたのに」  すべてを受け入れてくれたのに。 「縁が切れるわけではないでしょう?」  潤の言葉に、今度は脳裏に刷り込まれた不安が、夏木の声で蘇る。 「もし番えなかったら、あの男はどう思うかな?」  尚紀は堪らず目を閉じた。  もし、失敗したら……。 「僕はあの人を拒絶したことに……」 「ならない」  耳元で、力強くてまっすぐな、迷いの欠片もない否定の声。  尚紀は思わず、目を見開く。そして潤を見る。彼の目は真っ直ぐ尚紀を見据えている。 「ならないよ」  もう一度、そうきっぱり言った。

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