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塀のうちの字余り

 低温で生きる生物は、そのささやかな蓄熱で自身を温めているのだろうか。  纏っているのは高校入学時から着ているらしい、見慣れたグレーのウインドブレーカーだった。  首許を護るストールもなく、軽さを感じる素材で、この厳寒に耐えられるのかと口を挟みたくなる。  とはいえ時間が惜しい。世話焼きを背に回して、俺は目線を彼の瞳に移した。 「新年一発目のお題、いくぞ」  目の前の白い顔が、構えるように口許を引き締める。 「新年の 慶び迎ふ(むこう)はどこも同じ 塀の内でも外の(うち)でも」  年を改めても、下手の横好きぶりは相変わらずだった。  しかも、新年早々の字余り。  自嘲のような照れ笑いをただ堪えている。  だが目の前の天川(あまがわ)は大真面目で、 「新年……、」と呟き首を捻りながら横を向いたが、すぐにこちらへ向き直った。 「紅白の 饅頭一つで良かったよ だって餅、もついてるのだから」  思わず強く吹き出した。  初笑い、と取っていいくらいの口角のうねりと笑声が迸り、可笑しさがこみ上げてくる。  こちらも変わらず自然体そのままな詠み、句の区切りをどこで判断するのかの高度さ、盛大な字余りを披露した天川は、笑われ慣れを得ているようで肩を竦めていた。 「ごめん、出来を笑ってる、とかじゃなくて。……饅頭、一つで良かったか。奮発したんだぞ」 「……うん。餡子が重い」 「おせち、食べたか? 料理係の(ヤン)さんが、『日本の料理、こんなに上手く出来た!』って自画自賛するだけあったろ」 「ああ……。鶏肉の、味ついたやつは美味しかったよ」 「それ普段も結構出てくるだろ!」  正月料理の良さが理解できない、子供のような風情が漂っていてこちらも可笑しく突っ込みたくなる。  もっと続けたかったが、もう休憩時間の終わりが迫っている。名残惜しく会話を締めに向かわせた。 「今年も宜しく。字余り、感情が溢れ出てるみたいで良いよな」 「フォローなの、それ」 「午後も来るか?」 「……まだ、判らない」 「判った。気が向いたら、来いよ」  頷くような黒い瞳と視線を交わし、俺は炊事場へ昼食の追い込み、天川は工場で最近革工を始めたらしい、それぞれの持ち場へと足早に戻った。  冬の朝の風を思い出したように頬へ受けたが、やはりもう一人でいた時の痺れるようなやる瀬なさは忘れていた。  比較的自由を許された服装。桜の樹の下で談笑する俺と天川は、一見すれば『外』の若者のそれと差異はないのかも知れない。  ここが空を塞ぐような拘置所の塀の中で、俺も天川も、人を殺めた罪で死を求刑されている、身だということを除けば。

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