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天川透の空虚

 夜、という『外』との繋がりが徐々に遮断されていく刻限(とき)は、否応なく己と向かい合い深層に沈んでいく自分を想わせる。  消灯を迎える、眠りへの導入を誘うような音楽を耳に流しながら、減灯までの間、俺は事故現場となった自宅付近の方角へ向かい、瞑目した。  机には娘の()まりが、ベージュのボレロとワンピースでラベンダー色のランドセルを背負い、『入学式』の看板の横でピースサインを口許に寄せた写真が立て掛けられている。  隣には同じ色のスーツを合わせた妻の千景(ちかげ)が、陽まりの両肩へ愛おしそうに手を添え、よく似た笑顔二つ、ふれ合って眩しいようだった。  命日でも月命日でも、そうでなくとも陽まりのことが過ぎった日には、こうして陽まりのことを強く想った。パパはいつでも、陽まりの傍にいる。  五月が来ればもう三年だ。どんなに季節が巡ろうとも、陽まりへの慈しみ、事故への激しい悲憤は、決して褪せることなどありはしない。  この刑場に来たのも、翠が眼に染まるような若葉の頃だった。  囚人の平均年齢は年々上がっている。そのなかでも天川(あまがわ)(とおる)は、外見からも判る一際の若さから、特に目を惹いていた。  俺はここ以前収監されていた刑務所で、房内の諸般の世話役である衛生係を担った実績を買われ、この拘置所でもそれを受け継ぐことが出来た。  死刑囚は死を以て罪を償うのが役務のため、原則刑務作業を科されない。  だが、嘆願による特例もあった。元々社会や市民の安全に尽力したいという信念で職務に就いていた俺は、罪を悔い改めるにしても、自分の体を以て房内(どこ)でも出来うる限りの貢献を果たしたかった。  天川も、自らの意志で労働を志願しそれを許されていた。  自然と彼の姿を目にする機会は生じ、付随する情報も独りでに入ってくる。  天川のことが気に掛かったのは、彼の(わか)い、と言っていい程の容貌だけでなく、それにそぐわない瞳に沈む、底の知れない空虚だった。  重刑を科されている身だ。相応の背景を負っているのは勿論解る。だがそれにしても、だった。 「初めまして。この度衛生係になった、高階(たかしな)(さく)です。貴重な休憩時間に申し訳ない。少し、話してもいいかな?」  梅雨の気配がまだ見えない爽快な空へ、工場の壁際に佇み、どこか白鳥を想起させるほそい頸を伸ばして、そのまま動物のように思念の読み取れない虚ろな瞳を、飛ばしているように見えた。  だが、俺が声を掛けたその時、無機質な光を通さない黒い瞳に、ぽか、と膜のような光が挿した気がしたのだ。

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