7 / 96
同じ目
まるで日常会話を並べるように、天川の口調は平坦だったが、
その貌、表情、肢体は、舐めれば何か甘みがするのでは、と錯覚するような媚態に似た膜に包まれている気がした。
背骨から頸 へ指を添うおののきが滑る。廣 さんが言っていた、天川が『纏う』膜。
「人に見せちゃいけない、危ないからって、よくタートルネック着せられてたっけ」
何が危ないんだか、笑い声を漏らし膨れた天川の涙袋を、俺はただ見つめる。
「誰でも同じことしてるって、思ってたよ」
「……」
「立ってトイレするやり方とか始末、男親でないと詳しく教えられないでしょ。そういうのの、延長かと思って」
「……」
「あれって、大人と子供でこんなに違うのかあって、結構小さい頃から、びっくりしてたもんだよ。俺のは、ちょっとしか持ち上がらないのに、でも親父のは、熱くて凄いけど、時々とても苦しそうだから、どうにかしてあげなきゃ、いけないのかと思って」
「……もう、いい」
「だから親父も、『透は偉いな。透も早く大人にしてやらないといけないな』って、膝に乗せて教えてくれたんだよ。きっと早かったな。8歳くらい。下に生えたのも、親父が一番に見つけたし」
それを教わる天川が、無垢な瞳で父親を見上げている姿が去来して、俺は耐えきれずに空 を睨んだ。
「だから俺、『虐待』だなんて思ったこと、一度もないんだよ」
「……子供には、子供に教える正しいやり方がある。そこに導いてやるのが大人の義務だ。
天川の父親は、それを放棄して天川の『権利』をも奪った。俺はそれを、到底理解も認めることも出来ない」
「奪われたって、弁護士の先生もよくそこ庇ってくれたけどさあ、『知識』として間違ったことは植えられてないでしょ。寧ろそこ、父親としての責 果たしたんじゃないかなあ、あの人。半端に避けたりするせいで、おかしな犯罪に走る奴とかいるじゃん。……無理矢理、嫌々教わった訳じゃないんだよ。そりゃ痛くてびっくりすることもあったよ。そうするとゆっくり、必ず止めてくれたんだ。
『大丈夫だ透。息、ゆっくり吸ってごらん』って。
……俺と親父の『共同作業』だよ。そこを否定されると、何か違うって、思っちゃうんだよね」
「……、」
「だから違うんだよ。俺は、希んで親父に抱かれた」
「……それは、そういう親に心も体も呑み込まれた、結果じゃないのか」
「違う。幾ら何でも、成長すれば俺にだって『それ』が良いか悪いかの判別もつく。でも、やめられなかった。…………高3の六月。18になったばかりの時だったな」
天川は、『その時』を語ろうとしている。
それを俺の悪寒が察知したが、澱みを見せない彼の唇を、止めることは出来なかった。
「どこから貰ってきたのか、季節外れのインフルエンザになっちゃってさ」
「……」
「インフルって、発症してから5日間、解熱してから2日間隔離しなきゃいけないでしょ。
家の中でも一週間、きっちりそれ守って、さあ元気になったって、親父見たら、俺と同じ目 してる訳だよ。
物凄く、待ってたって。俺が元気になるまで、指一本も触れなかった」
「……」
「そしたら、盛り上がりに盛り上がっちゃってさあ」
口を塞ぎたい、耳を塞げばいいのに。
どうしてかそれをしてやることが出来ない。
「妹は部活の合宿に行ってて、母親はパートで夕方までいない。もう待ってたんだ。二人してその時を。
あれって、溜めるとやっぱり放出欲が凄いんだろうね。自分でもろくに自分の身体に触れてなかったから、感度がとんでもないことになっててさあ」
「普段はおとなしめにやってたんだけど、多分俺、もう絶叫してたと思うよ。
あれで我を忘れるなんて、後にも先にもないよ。親父も、そうだった。
『ああ、透……っ、何て身体だ……っ!』なんて恥ずかしいこと口走ってたし。
二人して、もうまさにってところで、鍵開ける音にも気付かなくてさ、」
ともだちにシェアしよう!