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わかるよ
『だから俺を迎合するために骨を折ることも、へどろを綺麗な純正物に浄化させようという労力も、必要ありません。
俺が還りたい、還れると想えるところは、 ひとつしかないので。
それ以外のところに生まれ変わるつもりもないし、更生する意志も貢献する意欲もありません。
俺がやったことの結果については、償いますが、『その時』のこころを顧みても、俺を貫いていた濁流みたいなものに嘘はなかったし、——後悔していません。
……後悔とか、ひととして感じるこころは、 もう置いてきました。どこかへ。
反省はしたけど、するほど何も変わりはないし、
俺が腐ってるという事実が、呪いも壊れた苔塗れの巌 みたいに崩れなくて、ただ頑然と、在るだけだ。
……綺麗な世界のものは、変わらずそこで生きていける。
穢れによってつけられた傷は、きっとそこで、 いつか癒えるんだ。
それだけです。俺に救済も活路も与えるのも無意味で、それを含め罰するにしても、それに応えるつもりはないし、きっと、……出来ない。
もしこのまま生かされても、また誰かを、俺が生きているだけで、 同じように傷つける。
腐った身の振りを司法に委ねるのも卑怯だし、
そもそもの大前提、あんな自分本位の薄気味悪い妄執で、ふたりの生命を奪 っておいて、 ただの少しも後悔がないんだよ。
……腐蝕の修正が不可能な人間がここにも居るんだと、それを、証明します。
ただ、諦めて欲しい。俺のことは。
解放して欲しい。 本当に、そう思う』
うららかである筈の春の浄らかな空気にではなく、
楓の伝える、天川の法廷での最後の言葉が、ただ俺の胸のなかへと沈みこんでいく。
ああ。 同じだな、俺と。
この世界に生きるために、沢山の言葉や想いを与えられただろうに、
全部握り潰して、放り棄ててしまったんだな。
わかるよ。きっと、解ってはいないし、負っていたものの一切は違うし、すべてを容れて溶かすことは、出来ないんだろうけど。
後悔してない。『それ』が罷り通るのなら、誰の赦しを得なくても構わない、
たとえ四面を敵にまわして、たとえたとえ、ひととしての資格が剥がれ堕ちることになったとしても。
その腐った壁を毀 せないのなら、 この世界なんか、終わって仕舞えばいいと。
許せなかったんだよなあ。どうしても。
曲げられる訳が、なかったんだよな。
……別に今更、お前が『そう』だから、どんなのだからって、幻滅なんかしないよ。
『あの』時からなのか、いつからなのか。
知ってたよ。お前がどす黒いものを抱えたまま、何も映してない底なし沼の瞳で、空を見上げていたのを。
障りのない善人の薄い面の皮を被って、 俺だって同じだったんだから。
だけど、楓さんや、お前との繋がりをまだ信じていたひとたちは、辛かったと思うぞ。
俺だって、そうだよ。
出来たら、お前には、 生きていて欲しかったよ。ずっと。
でも、——…………そうだな。
「兄の言葉を法廷の床に残らず吸って、裁判は結審しました。
すべての審議は出尽くしているし、被告人が最後に何を訴えようと、判決にはもう然程の影響はないだろうと、弁護士 は励ましてくれました。
『ああいう言い方はしているが、彼は自分の罪をきっと認めている。むしろ、彼自身のではあるけど理論の通った見方をしているし、まずくはないと思うよ、僕は』
『……惜しいよ。透君は。援 けたいよ』……と」
天川の最後の陳述を聴いて、『肉親』の彼女は何を思ったのだろう。
その表情すら透明に想える肌の白さからは、うちに宿すものは見えなかった。
「……尊属殺人が重く科せられたのは、もう昔のことです。
ですが、その頃からも若年の加害者への厳罰化が叫ばれていて、兄は、手をかけたそのとき、18歳を迎えていました。
裁判の流れからも、どの裁きの針が振れられるのか、最早推し測ることは出来ない状態でした。
出来る限り無罪、実刑だとしても少しでも軽い量刑を、と先生は一貫して説いていました。
だけど、影響が少ないにしても、裁判官が審判に迷った際、最後の被告の言葉が、掠めて振れる先に繋がる場合がある、という言葉が、
どこか胸にちらついていて……」
「……」
「…………まさか」
そのまま動きを忘れてしまったかのように、止 めた楓の唇は、中途の笑みのかたちをさまよっているようにも見えた。
その瞳が、傍らの河縁の先で煌めきのさざなみを見せる、水の面 に移り、ひかりが反射され憂うように涙袋を弛ませる顔は、
少女ではない間違いなくおとなの女のものだった。
楓は、『その』時を、直の瞳で視て、耳で聴いて、その場に立って瞬間をすべて沁みこませていたのだろうか。
それは、 あまりにも酷だったのではないかと、
俺も同じように水面のひかりに眼をやったが、煌めきが眩しすぎて、蓋をするように視界からそれを遮った。
入廷した兄は、よく見られた作業衣ではなく、数えるくらいしか憶えのない、白のシャツに濃灰の改まったジャケットを纏っていました。
『長くなりますので、被告人は、着席して聴いて下さい』
裁判官の第一声に、
このままで構いません。壇上で直立したまま、兄は前を見据えていました。
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