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祝福

   答え合わせの高鳴りが落ち着いて。互いの顔が見えなくて。  そっとその窮屈を少し緩めて、ふたり、ぎこちなく俯いた。  まだ交差される腕のなか、交わした言葉の、導かれた答えの、受け止める面映さが、 互いの瞳に染められるようにあらわれていて。  それ以前の問題に。ついに触れた、互いのあつい、この触れあっている柔らかな皮膚の感触にすら、優し過ぎてまだ慣れていないのだから。  けれど、しがみついていた彼は、(はな)った想いを示すように、目前の彼の腕をそうっと解いて、大きな右()を、手のひらに浮かべた。  控えめな指先で、両の手のひらで包みこんで、伏せた瞬きの先で、撫ぞる。  沢山の、ひとたちのいのちを(たす)けてきた、手。  くるおしくて、憤怒の刃をその掌で握りこんで、一度は罪の血潮を塗り迸らせてしまった、手。  だけど、還ってきた。  そしてまだこんなにも温かくて、きよらかで。  いや、この温かさとひたむきさは、ずっとずっとこのひとだけのもので、なにものにも穢されてなんかいなかったんだ。  俺は、それが尊い。  たとえ時の偶然で巡りあったのだとしても。  俺をその眼に映したことは、無邪気な気まぐれだったとしても。  俺は、貴方がくれた、俺の喪われたこころを取り戻してくれたことや、 嬉しさや歯がゆさや、眩し過ぎて、たとえ苦しさで焦がれることもあったとしても、 俺は、貴方が貴方であることが、こんなにも尊くて、慕わしくて、喜びたくてたまらないし、 そしていまこの大地に、変わらず温かな息吹に満ちて、つよい幹のように足を着けて戻ってきてくれたことが、 俺は何より、誇らしくて嬉しい。  祝福を。それを授けたくて、  惑っても、求めてかきわけ続けたその右の甲に、 唇を、添わせてつけた。  激情に駆られた甲の節に、癒しを。  返して、熱く血潮が循環する尊い管に、ことほぎを。  温かく触れて、雄弁にこころをくだいて、伸ばしてくれたその指に、賞賛を。  授けるように、唇でほどこして、 もう一度その広い肩を抱き寄せて、高い位置にある顔を、静かに降らせてくれたから、 真実(せいじつ)を忘れなかった浄らかな額に、 厳かに伏せられたその真摯な瞼へも、このひとがこのひとのひかりをうしなわなかったことを(あか)すために、 祝福の、唇でふれた。

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