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第5話 友達
マロンという店を佐野は気に入った様子である。
元々おしゃべりな佐野はママとさんざん話をして笑っている。
柳もその隣で機嫌よくかなりの酒を飲んでいた。
「なあ、佐野ちゃんこういう店、他にも行ったことあるん?」
「こういう店じゃないけど……ホンマモンのゲイバーとかやったらあるよ」
「このへんにええ店あるん?」
「なんぼでもあるよ。新宿やもん」
佐野と柳は顔を見合わせてニヤっと笑う。
「そやけど、大阪弁の店はあらへんわ。ここが一番やと思う」
佐野がママの手前取り繕うようにお世辞を言う。
「エエのよ。ここは私しかいてないから、他に男前のいてる店、紹介してあげるわよ。私らかって店同士のつき合い、いうのがあるんやもん」
ママは名刺入れの中から何軒かの店の名刺を取りだして、佐野と柳の前に差し出す。
「この店は良心的よ。一度行ってみるといいわ。私の紹介や言うてね」
「ママ、ありがとう。行ってみるわ」
差し出された名刺を佐野はカバンの中にしまう。
「柳さん、今度一緒に行こね」
「ああ、新規開拓やな」
二人の会話に雪本は入っていけない。
そこはノンケと言われる俺は入り込んではいけない世界なのだろう、と思ってしまう。
二人とママのやりとりを見ているうちに、こういうことに疎い雪本もあることに気づいていた。
佐野は多分、ゲイなのではないか。
柳との間に同郷というだけではないような、親密な空気が流れ始めている。
佐野がいい友達になってくれれば、と思っていたのだが、ひょっとすると二人は恋人になってしまう可能性もあるのかもしれない。
「雪ちゃん、柳さん紹介してくれてほんとにありがとう。楽しかったわ」
紹介してくれて、と言う佐野の言葉に、ますます雪本は違和感を感じてしまう。
まるで恋人募集中の佐野に彼女を紹介したような雰囲気だ。
いや、この場合は彼氏、ということか。
駅まで三人で歩くと、柳と佐野は同じ方向だ、と言うのでそこで別れた。
雪本は反対方向なのだ。
二人の後ろ姿を振り返ると、佐野が柳の腕にまとわりついているのが見えた。
佐野は仕事中や昼休みに、よく柳のところへ顔を出すようになった。
一緒に昼食をとったりしているようだ。
雪本も誘われれば三人で食事に行くこともあるが、二人のことは放っておくことにした。
二人だけでしたい話もあるだろう、と遠慮していたのだ。
二人の様子を見ていると、社内でベタベタするようなことはないが、時々視線を合わせては意味ありげな微笑みを浮かべていることがある。
特に佐野の方が柳を気にいっている様子だ。
柳がわざわざ総務へ行くことはないが、佐野は階の違う営業部にしょっちゅうやって来る。
相変わらず雪本と柳はワンセットで営業に回っているのだが、柳は佐野のことを話題にはしなかった。
なので、雪本もわざわざ聞くことはない。
二人がどれぐらい親しくしているのか、ということも気にはなったが、聞いてみる気にはならなかった。
もしつき合っている、とでも言われたら返す言葉がない。
そういうことは知らない方がよい、と思える。
佐野が割り込んだところで、柳と自分の関係が変わることはない、と雪本は思っていた。
俺は、柳とは友達だ。
ヤキモチを焼くこと自体間違っている、と二人を遠目に見ながら思う。
しかし、二人が個人的に飲みに行っているのであれば、少し寂しいと感じるのは隠せなかった。
柳が雪本を誘うのは、同じ仕事をしている仲間だからだ。
だけど、佐野を誘うのはちょっと意味が違うように感じる。
関係のない部署だから、純粋に会いたくて二人は会っているのだろう、というように勘ぐってしまう。
「なあ、今週も週末マロン行くねんけど、雪ちゃんは行かへん?」
「俺は……遠慮しときます。佐野ちゃんと楽しんできて」
「そっか、まあ無理にとは言わへんけど、最近雪ちゃんつき合い悪いなあ。なんか遠慮してへん?」
「いや、なんていうか、大阪弁のパワーに俺、ついていけてないから」
「ああ、やっぱり。ごめんな、雪ちゃんに気使うの忘れて楽しんでしもて。そしたら、今度は俺が雪ちゃんの好きな店につき合うわ。それやったらええやろ?女のいる店でも構へんで」
「いや、別に俺は女のいる店に行きたいわけじゃないですよ」
「そしたら、どんな店や?雪ちゃんの行きたいとこ」
「俺は別に……」
雪本は柳や佐野のように、店の従業員としゃべって楽しいという感覚はない。
どちらかというと、知らない人としゃべるのは面倒だ。
柳と飲むのであれば、下の居酒屋で十分である。
「俺、柳さんと飲むのは居酒屋とかでいいんです。他の人としゃべりたいと思わないから」
つまらないヤツだと思われただろうか、と雪本は心配したが、柳はどうとらえたのか嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「そっか。ほんなら雪ちゃんとデートする時は、どっかエエ居酒屋探すわ。インターネットでなんぼでも見つけれるし」
「居酒屋だったらつき合いますよ」
デートと言う言葉に、雪本はちょっと顔が熱くなってしまった。
柳の場合、冗談が冗談にならないのだ。
「雪ちゃん誘う時は、二人きりにするわな」
「いや……別に俺はそういう意味では……」
「ええって。佐野ちゃんおったら、気使うんやろ」
別に佐野がいても差し支えるわけではない。
でも、雪本は柳に二人きりで、と言われて少し嬉しかった。
最初の頃はそうだったのだ。
柳が転勤してきて、最初はいつも二人だった。
一緒に仕事をして、祝杯をあげたのもついこの間のことだったのに、ずい分前のように感じてしまう。
やっぱり佐野が間に入って、ヤキモチを焼いていたのだろうか、と雪本は気づく。
しかし、友人としてヤキモチを焼くことはあるだろう、とも思う。
自分は柳の東京での最初の友人だ、と思いたかったのだ。
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