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第8話 誤解だった

「そうや、東京観光の話やけど、いつ連れていってくれるん?」 「それなんですけど……俺じゃなくて佐野ちゃんの方がいいんじゃないんですか?」 「何言うねんな、雪ちゃんと約束したんやんか。雪ちゃんまでやっぱり俺と佐野ちゃんのこと疑ってるんか?」    疑ってないと言えば嘘になる。  抱き合ってるところを見れば誰でも疑うだろう、と思うがそのことは言い出せなかった。   「そうじゃないんですけど、俺より佐野の方が案内とかうまいんじゃないかな、と思って」 「俺は休みの日にまで佐野ちゃんとデートしたりせぇへんよ。それこそ誤解されてしまうやんか」 「休みの日だったら、逆に誰にも見つからないから誤解されることはないんじゃないですか?」 「そやかて、雪ちゃんが誤解するやんか。そうやろ?やっぱり疑ってるんやろ?」    疑ってない、と言い切れなくて、雪本は食事の手を止めて俯いてしまう。  なぜ、自分が責められているのだろう。  別にそんなことどっちでもよくて、ムキになる話じゃないのに。   「分かりました。柳さんは佐野ちゃんとはつき合ってない。俺はそう信じます。今日のところはね」 「今日のところは、というのはどういうことやねん」    少しすねたように柳がボソリ、とつぶやく。   「だってこれからどうなるか分からないじゃないですか。佐野ちゃん、好みのタイプじゃないんですか?」 「俺は社内に他の彼氏がおるようなやつを横取りする気はあらへんよ」 「社内に他の?」 「まあ、佐野ちゃんのプライベートやから黙ってたんやけど」    そういえば前にマロンに佐野が突然やって来た時に課長と何かあったのか、と柳は言っていた。  雪本はてっきり仕事の話だと思っていたが、課長が佐野の彼氏なのか……   「そやから俺と佐野ちゃんが噂にでもなったら、俺、またどこかに飛ばされてしまうわ。なんせ総務の課長やもん」 「なるほど、それは気をつけた方がいいですね」    あまりの意外な事実に雪本は呆気にとられてしまう。  それなら佐野の行動は無謀だ。  誰かに見られでもして課長に知れたらどうするつもりなのだ。   「佐野ちゃんはなあ、多分課長にヤキモチ焼かせたいんやろ。そんで、俺のこと利用しとるだけや」 「だけど、それじゃあ、柳さんが損するだけじゃないですか!」    雪本は思わず声を荒げてしまう。  柳と佐野が相思相愛なら応援しないでもないが、そういうことなら佐野はずるい、と感じてしまう。   「俺は別にいいんよ。佐野ちゃんが寂しい気持ちも分からんでもないしなあ。俺らみたいなのは、恋人見つけるのも大変やから。寂しい時は慰め合ったりもする」    慰め合ったり、という柳の言葉に雪本はドキリとしてしまう。  柳も寂しい時があるのだろうか。    多分そうなんだろう。  だからゲイバーなどに足を運んでいるのだ。  だけど、俺は柳さんを慰めることはできないだろう。  それができるのは恐らく佐野なんだろう、と思ってしまう。    居酒屋を出て、柳はまたいつものようにマロンへ行くと言った。  先週は佐野が乱入してきたので、今日はそのおわびにおごる、と言って雪本を誘う。  一緒に飲みに行くことぐらいしか自分には出来ないけれど、と雪本は考える。  転勤してきて柳には知り合いが少ない。  佐野に彼氏がいるというのが本当なら、柳だって一緒に飲める相手が他に欲しい時もあるだろう、と連れ立って新宿へ向かう。  店に着いた時間が遅かったせいか、めずらしくマロンは満席だった。   「ごめんねぇ、いつもこんなことないんやけど」    どこかの会社の歓送迎会の流れで団体が入ったようである。  申し訳なさそうに謝るママに見送られて、引き返すことになった。   「どうする?雪ちゃんどこか他に店知ってる?」 「いや、俺は新宿はあんまり詳しくなくて」 「そうか。ほんなら適当に歩いてて目に付いたバーででも一杯飲んで帰ろか」 「そうですね。まかせます」    思いがけなく、あてもなく新宿の夜の街をぶらぶらと歩くことになってしまった。  派手なネオンの街は雪本にはなじみがなく、歩いていても店が見つかりそうにない。   「バーっぽい店がないですね……」 「いいやんか。急ぐわけでもなし、俺は探索してるだけでも楽しいで」    柳は観光客のようにキョロキョロ周囲を見回しながら機嫌良く歩いている。  ある通りにさしかかると、急にゲイのカップルが目につくようになり、雪本はなぜだか居心地悪く感じてしまった。  「ああ、あそこのバー良さそうなんちゃう?お洒落っぽい感じやで」    柳が指さしたバーは確かにカフェバーのようなお洒落な店先で、ビルの一階にあった。 他に知っている店があるわけではないので、雪本も賛成する。  このまま歩いているよりはマシだろうと思った。    店内に入ると、数人の客が一斉に柳たちの方を向いた。  たまたまなのかもしれないが全員男だ。  入り口近くの席に座ると、今時の芸能人のような若い男が注文を聞きにきた。  メニューを見ながら適当なカクテルを注文する。  何か雰囲気が変だ。なんとなく客が自分達の方を観察しているような気がする。  

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