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第17話 ☆番外編 過去と嫉妬の行方

 その男は、堂々と会社の玄関で、柳のことを待っていた。  スリムで絹のような薄茶色の髪を肩まで伸ばしている、モデルっぽい容姿。  おそらく会社員ではないだろう、と思うような、華やかで中性的な雰囲気の男。   「真一郎!」    受け付けで話をしていたその男は、柳の姿を見つけると満面笑顔で、まっすぐに駆け寄ってきた。  会社、という建物にあまりに不似合いなその男に、周囲は注目している。  もちろん、側にいた雪本も、注目してしまった。   「智史……」    柳は、驚いたような顔になり、かすかに動揺しているようだ。   「知り合いですか?」 「ああ、学生時代のな」    咄嗟にファーストネームで呼んでしまうぐらいだから、親しかったのだろう、と雪本は少し離れたところで待つことにした。  めずらしく早く仕事が終わったので、一緒に食事に行こうとしていたのだけど。  突然現れた、柳の古い知り合い、という美しい男に、チクリと胸が痛む。  きっと自分の知らない柳のことを、彼はたくさん知っているのだろう。  雪本は、恋人になったとはいえ、まだ柳と知り合ってから数ヶ月しか経っていないのだから。    嬉しそうにまとわりついているその男の表情に比べて、柳の表情は硬い。  愛想のよい柳にしては、あまり歓迎していないような顔だ。  まあ、仕事に関係ない友達が会社に突然訪ねて来るというのも、非常識なような気もするが。  雪本はロビーの自動販売機でコーヒーを買うと、それを飲んでいるふりをして、二人の会話を立ち聞きしていた。   「東京に転勤になったって知り合いから聞いて、連絡先が分からなかったから、会社を調べて来たんだ」    どうやら、その男は勝手にやってきたようだ。  そもそも連絡先を知らないぐらいなら、それほど親しくなかったのかもしれない。   「何しに来たんだ」 「何しにって……つれないなあ。真一郎が東京にいるなら、これからいつでも会えるじゃない」    男は甘えるように、柳の腕にすがろうとしたが、柳はそれをよけて一歩退いた。  ちらっと様子を見ると、困った顔をしている。   「ね、仕事終わったんでしょ? 今から時間ない? 久しぶりなんだから、ゆっくり話したいなあ」 「悪いが……それはできない」 「今日が都合悪いなら、明日でもあさってでも僕は構わないよ?」 「智史。俺にはもう今の生活があるし、恋人もいる。お前に付き合う理由がない」 「恋人……」    男は一瞬青ざめた表情になり、それからまた作り笑顔になる。  恋人もいる、と柳が言ったことで、雪本はこの男の素性を察してしまう。  昔の恋人なんだろう。  柳ぐらいの男前なら、昔の恋のひとつやふたつ、あっても不思議じゃない。    それでも、なんとなく、あの男は嫌だ、と雪本は思った。  会社にまで押しかけてくるのが図々しいし、それに……  容姿が自分とは全然違って、キレイだ。  モデルだと言われたら、信じるだろう。  ああいうのが、柳の好みなんだろうか、と思ってしまう。   「急いでるんだ。帰ってくれ」    柳は話を打ち切ると、まっすぐに雪本の方へ歩いてくる。  男は柳に追いすがるように、後をついてくる。   「もう、会社に来たりしないから、電話番号ぐらい教えてよ!」 「かけてこられても、迷惑なんだよ」    柳は、穏やかに冷たく言い放つ。   「どうして? まだ昔のこと気にしてるの? まだ怒ってるの?」 「怒ってるわけじゃない。とっくの昔に終わったことだろう」 「だったら、友達に戻るぐらい……」    しつこく追いすがる男の方を振り返って、柳は低い声で突き放す。   「悪いが、お前と友達だったことは一度もない」  自動販売機コーナーにすみっこに隠れていた雪本を見つけて、柳はいつもと変わりない笑顔に戻った。   「ごめんな、雪ちゃん。待たせて」 「いいけど……いいんですか? あの人」    雪本は、まだ恨みがましい目で柳を凝視している男を気にしていた。   「放っておいたらええねん。勝手に来たんやから」    やっぱり何かある、と雪本は思ってしまう。  余程、ひどい別れ方でもしたんだろうか。  情の深い柳がここまで冷たい態度を取るのは、普通じゃないように思えた。  さっさと会社を出て歩き出す柳に、雪本は遠慮がちに聞いてみる。   「柳さん……さっきの人、もしかして……」 「雪ちゃん……それ、聞きたいか?」 「いえ、別に。柳さんが話したくないことは、話さなくても」 「隠すつもりはないけど、あんまり聞いても楽しい話とちゃうよ」    柳が困った顔をしているので、雪本は引き下がる。  気にはなるけど、長く会っていなかったのも、ヨリを戻すつもりがないのもよくわかる。  雪本だって、女の子と付き合っていたことぐらいある。  過去を気にしていたら、キリがない。  ただ、いまだに咄嗟にファーストネームで呼び合ってしまうほど、二人が深い関係だったということが、胸を刺すけれど。

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