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第20話 佐野に怒られた
週末、佐野に久しぶりに三人で飲みに行こうと誘われた。
柳は仕事が遅くなるので、出先から直接マロンへ向かうというので、現地集合ということになった。
早めに仕事を片づけて、会社を出ようとすると、野村が待ち構えていた。
やはり諦めていなかったのか、と雪本は暗い気分になる。
気付かないふりをして通り過ぎようとすると、野村はわざわざ雪本に声を掛けてきた。
「柳さんなら、今日はいませんよ。外出してますから」
「そうじゃなくて、あなたに用事があるから」
「俺に? なんでですか」
「真一郎の今の恋人って、あなたなの?」
「俺、同僚ですけど」
慇懃無礼な質問に答える必要はない、と雪本は受け流す。
柳の会社の同僚の男に向かって、そんな質問をすること自体、柳がゲイだとバラしているようなもので、失礼な話だ。
「なんだ、違うのか。そうだよね、あなた、真一郎の好みのタイプじゃないし」
野村は、見下したような笑みを浮かべた。
もう用事はないだろう、と雪本が歩きだそうとすると、なぜか野村はしつこくついてくる。
「ねえ、真一郎が、どんな男が好みか知ってる?」
「下世話な話には、興味ないんで」
むっとした雪本が突き放すように言うと、野村も挑戦的になった。
どうやら、雪本が柳の恋人だと、限定しているようである。
「僕が全部真一郎に教えてあげたんだよ。男の抱き方も。真一郎は僕しか知らなかったんだから」
「だからなんですか」
「真一郎の好みはあなたみたいに、ぼーっとしたタイプじゃないって言ってるの。僕ほど真一郎に尽くして、何でもしてあげた男は絶対いないから」
尽くして、何でもしてあげた、という言葉が雪本の胸にチクリと突き刺さる。
でも、それがなんだというのだ。
そんなに好きだったのなら、手放さなければよかったのに。
「俺にやつ当たりはやめて下さい。柳さんが選ぶことでしょう?」
「真一郎は、僕の身体が最高だって、いつも言ってくれたよ。身体の相性って、大事なんだから」
セックスの話題まで持ち出されて、雪本は辟易する。
だいたい、初めての男だったら、最高かどうか比べる相手がいないだろう、と言いたい。
ついにキレかけた雪本と野村が、道端でにらみ合っていると、佐野が通りかかった。
「あれ、雪ちゃん。ちょうど良かった。マロン行く前に、何か食べていかない?」
佐野はのんきに雪本に話しかけると、野村の方をちらっと見た。
「誰、この人」
「俺もよく知らないけど、柳さんの昔の知り合いらしい」
「へえ……柳さんにしては、趣味の悪い知り合いだね」
佐野はどこから雪本とのやり取りを見ていたのか、ズバっと嫌みを言う。
「もしかして、真一郎の恋人ってあなた? こっちの人じゃなくて」
野村の矛先が佐野に移った。
「だったら何。僕に何か用?」
「なるほどね、確かにこの人なら、そっちのぼーっとした人よりは真一郎の好みかも」
何がおかしいのか、野村はぷっと噴き出した。
「悪いけど、僕から見たら、あなたって一番柳さんが嫌いなタイプに見える」
佐野が辛辣に言うと、野村は笑いを引っ込めて、佐野をにらみつけた。
「行こうよ、雪ちゃん。こんなつまんないヤツの相手してないで」
佐野が通りがかってくれて、本当に良かったと、雪本は胸をなで下ろした。
同族嫌悪とでも言うのか、佐野と野村は相性が悪そうだ。
どっちもキレイな顔してるんだけどな、と雪本は人ごとのようにため息をついた。
「えーっ、それで雪ちゃん、何も言ってやらなかったの?」
「だって、俺、関係ないし」
「そんなだから、ぼーっとしてるとか言われるんだよ!」
居酒屋で、雪本はさんざん佐野に怒られてしまった。
佐野の性格では、元恋人が現れて、今恋人に接触してくること自体が許せないらしい。
「それにしても、柳さんてほんと趣味悪いよね、信じられない」
「そうかな……キレイな顔してるとは思ったけど」
「見た目の問題じゃなくて! 性格悪いじゃん、あいつ」
「そうかな、それだけ柳さんに、未練あるってことなんじゃないのかな」
「じゃあさ。雪ちゃん、柳さんと別れたあとにもし柳さんに新しい恋人が出来て幸せそうにしてたら、わざわざ壊しに行く?」
「俺はそんなことしないけど」
「だよね。ほんとに好きだったら、相手の今の幸せを願うのが当たり前」
「佐野ちゃんもそう?」
「うーん……どうだろ。僕は性格悪いから、奪い返しに行くかもしれないけど」
佐野はけらけらと笑って、食事の残りをかきこんだ。
マロンへ行くと、すでに柳は一人で飲んでいた。
仕事が思ったより早く終わったらしい。
「あれ、青葉ちゃん……」
佐野の知り合いらしい、一人の男が店に入ってきて、少し離れたところに座る。
なんとなく落ちこんでいる様子で、放っておけないのか、佐野はその男のところへ行ってしまった。
それにしても、世の中に見た目の美しいゲイは結構いるもんなんだな、と雪本はぼんやりその男を見ていた。
雪本がふさいでいる様子に気付いて、柳が心配そうに口を開く。
「雪ちゃん、なんかあったんか?」
「ううん……たいしたことじゃないけど、帰ったら話す」
「そうか。そしたら帰ってから聞くわ」
柳はそれ以上追求しようとはしなかったが、多分野村のことではないだろうか、と頭の中では予測していた。
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