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第10話 取り返す

 ……ちょっと待て。  昨日、キスしたよな、章吾と。  あまりに驚いて思考がそのことをスルーしていたが、そんなに嫌ではなかったような気がする。    ……というか、ドキドキしなかったか?  仲里は道の真ん中で朝っぱらから、顔を赤らめて百面相になっている。  あそこでもし俺が抵抗しなかったら、その先はどうなっていたんだろう。    知識としては知っている。  男同士で、ナニをどこに突っ込むか、ということぐらいは。    どっちが……?  突っ込むのはまだ男として現実的だ。    だけど……想像でしかないが、明らかに体格のいい沢田を思い浮かべただけでも、押し倒されるのは俺のような気がする。  気がする、というだけで頭がショートしそうになる。  ものは試し、というように気軽にチャレンジできるような生易しい問題ではないぞ、と仲里は頭を抱えた。  帰ったら沢田の荷物がなくなっていた。  来た時に持ってきたはずのリュックサック。  そんなものを持って仕事に出勤するはずがない。    出ていったのか……  俺に黙って……    部屋を見回すと、きれいに掃除がしてあって、鍋にはカレーが作ってあった。  そして沢田は帰って来なかった。   「このカレーを一人で食えっていうのかよ」    ショックで味などしないカレーを、それでも沢田が作ってくれたのだ、と仲里は意地になって食べた。  眠れずにまんじりともせず、静かに夜が更けていく。    アイツのところへ行ったんだろうか。  沢田は、ゲイの気持ちをわかってくれるアイツの方が頼りやすいんだろうか。  アキラの悠然とした顔を思い出すたびに、腹が立って、妄想の中で殴りつけたくなる。  ウトウトとベッドの上で浅い眠りを繰り返しながら、仲里の気持ちは変な方向へ向かっていった。    章吾を返せ!  あんなヤツに章吾は渡さない!  章吾がアイツのところへ行くというのなら、奪い返してやる!    奪い返す……?  仲里は飛び起きて、自分の妄想に気づき、はは……と力なく笑った。    奪い返してどうするというんだ。  そもそも変だろう。  男三人で奪うとか奪わないとか。  もし章吾が帰ってきてくれたとしたら、どうしたらいいんだろう。    ……キスぐらいはいいよな、別に。  ……フェラ……もされたが、あれは恥ずかしいだけで我慢できる。    突然襲われたら誰だってびっくりするが、やるとわかっていたら別に怖いことでもなんでもないぞ。  仲里は自分の頭がだんだんおかしくなっていくような奇妙な感覚にとらわれていた。    ……いいんじゃないか? 別に。  親友という関係にキスとかセックスがついてきても、沢田との関係を取り戻せるなら。    少なくとも、沢田をアキラという男に渡してしまったら、もう二度と二人は元通りにはなれないような気がした。  それだけはどうしても許せないような気がして、仲里は心を決めた。    とりあえず、沢田は取り返す。  後のことはそれから考える。  そう決めてやっと、明け方近くになって眠りについた。    翌日仲里は何度か沢田の携帯に連絡をいれてみたが、沢田は電話に出なかった。  メールをして電話に出てくれ、と送っても返事もない。    仲里は仕事を休んだ。  ここで諦めたら、多分沢田は戻ってこない。  今取り返すんだ、とそれしか頭になかった。    銀行へ行き、数十万のお金を降ろす。  ホストクラブというのがどれぐらい金がかかるものなのかよくわからないが、アキラの前で恥はかきたくない。    それから仲里は一度も足を踏み入れたことのないようなブランドものの紳士服の店を見て回り、一番エレガントに見えるディスプレイのある店を選んで洋服を買った。  アキラにだけは負けたくない。  お洒落になど無関心な仲里だったが、ホストクラブでイケメン達に囲まれて貧相な姿をさらすのは嫌だった。    店員のすすめるままに、上から下までグラビアから抜け出たような姿に着替える。  淡いピンクのシルクシャツ。  細身で刺繍のはいったラベンダーのスーツ。  鏡を見てまるで仮装大会のようだと思ったが、店員がほめるのでそれを信じることにした。    そして、午後から美容院へ行った。  今まで散髪屋にしか行ったことがなかったので、駅前で一番お洒落に見える美容院へ思い切って入ってみる。  店中の客と店員が一斉に仲里の方を見る。   「あの……俺の顔が一番マシに見える髪形にしてください」    担当になった美容師は、ヘアカタログを持ってくると、髪を染めてやわらかいパーマをあてるようにとすすめてきた。  まるでまな板の上の鯉のような気分ですべてをまかせていると、フワっとした巻き毛の中性的な顔が鏡の中に出来上がっていく。  誰もがちらちらと自分の方を見ているような気がする。   「仲里さんはモデルさんかなにかですか?」 「とんでもない。ただの会社員です」   「ただの会社員でジル・ストーンのスーツを着こなしている人なんていませんよ。それ、新作でしょ」    店員は笑ったが、そのブランド名すら仲里は今日初めて知ったのだ。   「変じゃないですかね?」 「とっても素敵です。みんなあなたの方を見てますよ、ほら」    外見を変えただけでそんなに人の視線を集めるものか、と仲里は思ったが、確かに店内の女性がみんなチラチラと自分を見ているような気がする。  鏡に映った自分をもう一度確認して、仲里はよし、と気合を入れた。  思っていたよりも中性的な雰囲気になってしまったが、華奢な身体だから仕方がない。   「このあとはパーティーでもあるんですか?」 「いえ、パーティーではないんですが」    美容室の受付にいた女性がにっこりと仲里に微笑みを向ける。   「誰か大切な人に会うんですか?」 「……取り返しに行くんです。ある人を」    まあ、それはそれは、と女性は顔を赤らめる。  きっと女性の恋人との修羅場でも想像したのだろうが、残念ながら男と男の修羅場だ。   「きっと大丈夫ですよ。そんなに素敵なんですもん」 「ありがとう」    外見を変えると気分まで変わるものだろうか。  仲里は迷いがふっきれたように、背筋をすっと伸ばして美容室を出た。    これで少しはあのチャラチャラした安っぽいホスト達よりはマシに見えるだろうか、と少しだけ不安に思いながら仲里は章吾の働くホストクラブへと向かった。  

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