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第4話

 一枚の写真を前に、佐伯と姫木は顔を見合わせた。 「新浜さんの息子さんでしょ。確か友哉…クンとか言いましたっけ…」  2人は先の抗争の後に組に来たので、実際は新浜のことは知らなかった。牧島に面会に連れていってもらい新浜とのつながりをつけてもらっていて、その際息子と年齢としが近いからよろしく頼むなと言われたことは良く覚えている。  友哉とは何度か面識もあるし、護衛等の仕事の範疇で行動を共にしたこともあったが、立場上そうそう会うわけにもいかず、一見エリートサラリーマンに見える榊が面倒は一手に引き受けていたのだ。まあ、佐伯たちとて大学の友達くらいには見えるのではあるが。  榊は写真を見ながら本当に申し訳なさそうに言う。 「個人的な事で本当に悪いと思っているんだが、あいつが何かを隠しているようでな。それを調べてもらいたい」  そんな榊の頼みだが、2人は困惑する。  榊が面倒を見ているとは言え、友哉ももう20過ぎている。隠し事などは友哉のプライベートだと思うのだ。そこまで干渉しなくても…と言いたいのだが、立場上憚られる。  榊もそんな心情は察したらしい。 「いや…、これがプライベートな隠し事ならいいんだ。そこまで干渉する気はない。でもな、そういう感じじゃあないんだよな。これは言葉では言えないんだが、何か妙なことに巻き込まれてなければいいんだが…と疑う余地のある…」  なにか言葉にできない苛立ちを榊が持っていて、何度も舌打ちをして伝えにくそうにしている。佐伯はーまあ取り敢えずーと写真を榊の方へ向け直し、 「調べてみますよ。なんか妙な事に巻き込まれていなければいい訳でしょ。児島にでも探らせてみます。俺たちは面が割れてるんで」  いつもの榊と様子が違いすぎるので、佐伯は取り敢えず用件を受けることにした。自分でも言ったが、本当に何事もなければ榊も納得するのだから。 「若いもん使っちまって悪いな。礼はちゃんとするから」  榊に頭を下げられて、2人は恐縮する。 「やめてくださいよ榊さん。礼なんていいですし、頭もあげてください。これが俺らの仕事なんで」  佐伯が頭を上げさせてから 「きっと取り越し苦労に終わりますって」  そう言う。 「だといいんだが」  そう笑う榊ではあったが、心情は穏やかではなかった。自分のこういう勘は昔から当たってしまうから。  その数日後、そんな榊の落ち着かない心情を逆撫でする情報が児島よりもたらされた。  事務所の応接セットのテーブルにiPadを置き、そのテーブル前に座っているのは佐伯と姫木、その後ろに各々佐藤と戸叶が立ち、テーブルの前、佐伯と姫木の対面に児島がスマホを操作して画像をみんなに見せている。 「この男がですね、俺が張ってた5日間毎日新浜さんのマンションへ通ってました」  事前にエアドロップしていた画像を見せながら、自分はスマホで説明をする。  今映っているのは3枚の画像。一枚は今説明のあった毎日通っている男の画像、2枚目はマンションの外観。3枚目は、男が友哉の部屋へ入っていくものだった。 「確かにここは、友哉君のマンションだし、本人の部屋だな。この男が何者かは調べついてんのか?」 「はい、名前は金子太一といいまして、えと…その前にまだ…少し見ていただきたい画像があってですね」  児島はスマホを操作し、ちょっと言いにくそうに話しながら 「今送ります」  軽い電子音の後に、画面に映し出された画像を見て佐伯と姫木は同時に 「これは…」  と声をあげた。 「張って3日目だったかに、2人で出かけたんすよ。それ追いかけてったら…ここに…」  児島もどうしていいかわからない口調になり、後ろに立つ2人も動揺を隠せない。  今映し出されている画像は、見る分には何の変哲もないビルなのだが、そこは知る人ぞ知る柳井組系黒狼会の賭場があるところだった。 「本当にここなのか…」  矢庭には信じられず、悪いと思いつつ児島を攻めるような口調になってしまう。それほどこの場所は危険なところだ。 「もう一枚送ります」  映し出されたのは、友哉と金子が並んでそのビルに入ってゆく姿。 「はぁ…」  ため息のような声がもれ、姫木も流石にソファに寄りかかった。  友哉が普通の子だったら、いや…だったとしてもよくはないが、友哉は普通の家庭で育った子供ではなく、高遠の本家幹部の息子だ。  バレないように育てられてはきたが、敵対している組の中へ入り込んでもしその素性がバレでもしたら、大変なことになっていたはずである。しかも、いまだに出入りしている(させられている?)のならば余計に早く止めなければならない。柳井の上層部には友哉の顔を知っている者も居るはずなのだ。 「金子は、黒狼会の準構成員で最近参加した新参者でした」 「この2人が知り合った経緯は?関係性とか」  それを問うのは姫木だった。  新浜には息子と歳が近いと言って可愛がられていたからか、普段はこういう話し合いの場ではあまり話さないのだが、この一件は気になるところであるらしかった。 「それが関係性ってなると一寸わからないんすよね。俺は賭場に入って行けないし、金子周辺の飲み屋とかでも新浜さんの情報は聞かないんすよ」 「これは?」  姫木が、児島の話を聞きながら何気なく見ていた画像に、今までの話に登場しない人物が写っているのに気づいた。「あ、それですね、確か後何枚か…」  スマホをスワイプしながら探して、 「ありました3枚送ります」  映し出された画像は、全部違う人物が友哉のマンションの前で金子と話しているものである。  この男たちに関しては、調べようがなかったと児島は報告していた。  佐伯は画像を見て少し思う所があり、姫木を見ると姫木も目を合わせて頷いた。きっと思っていることは一緒だろう。 「その4枚は、どれも男たちがマンションから出てきた直後の画像です。金子はエントランスで男たちが帰るのを待ち、そうやって少し話して見送った後エレベーターで新浜さんの部屋に行き、数分で戻ってくる。そんな事を違う男がやってくるたびに続けていましたね」 「男がエントランスに戻って来た時に、金子とやらは金とか受け取ったりしてなかったか?」 「それは、俺は確認していません」  佐伯は少し首を傾げたが、再び姫木と目が合い絶望的な表情を浮かべた。 「売春(うり)やってんな…友哉君」 「え?」  ため息混じりにそういう佐伯に、児島は慌てて聞き返す。 「お、男っすよねえ」 「そういう世界もあるんだよ」  佐伯の後ろに立つ戸叶が、目は見開いてるくせに眉が寄るという面白い顔をした児島に言った。  しかしこれからの問題は、友哉が売りをしているという事実とその理由だ。しかもそれを榊に伝えなければならない。 「どうするか…」  佐伯は珍しく考え込み、姫木も腕を組んで天井を見ている。 「先に榊さんに報告するのが筋なんだろうけど、こっちが先に売りをしている理由を聞き出してから報告するっていうテもある。どっちか、か…」  実際の話、榊に報告した後で榊と共に友哉を問い詰めればいいのだが、コトがコトだけに友哉も大袈裟になるのは辛いだろう。  しばらくの間沈黙が流れ、その後佐伯がふうっと息を吐いて座り直した。 「俺がいくか。仕方ねえよな、姫木も来い」  榊に報告する前に、まず友哉君から先に話を聞くことにする、と後に続ける。  周りをコソコソと嗅ぎ回るよりは手っ取り早いし、相手が『柳井』の関連とするとやはりその周辺をうろつくのは休戦中であってもかなり危ない橋である。 「でもどうせ榊さんに報告しなくちゃなら、先の方が良く無いですか?」  すでに立ち上がって行動を起こしている佐伯にコートを持ってきた戸叶がそう伺った。  それは佐伯も解ってはいるのだ。しかし先に話したりしたら 「それだと榊さん、友哉君とまともに話できねえよ きっと」  と、肩をすくめる。そして、姫木が 「その金子ってやつ、1時間後に蜂の巣だ」  と続けながら、佐藤からレザーのコートを受け取った。  榊は牧島の右腕として今はずいぶん落ち着いてはいるが、佐伯たちが初めて会った頃は抗争直後で随分ギラついていたイメージだった。  公安も入っての半ば無理矢理の休戦状態に持ち込まれてからは、行き場のない怒りと体力を持て余しているような感じだったと佐伯は話す。 「今落ち着いてても生来の短気なとこは抜けてねえと思うから、先に俺たちが話を聞いた方がいいんだよ」  戸叶と佐藤にはそんな榊は全く想像つかないが、高遠と柳井の抗争は結構激しく、その当時小学生だった2人も、集団登校したり用のない外出は控えるように言われていた記憶も残っている。  あの抗争を生き延びた人か…とそこにいた面々は思う。  そんな中佐伯と姫木は準備を終え 「じゃ行ってくる」  と簡単に出かけようとした。 「え、待ってくださいよ。ダメですよ」  と、佐藤たちも慌てて準備を始めるが、友哉の名誉のため2人で行くという。  牧島から必ず一緒に行動するように言われてるので、それはできないと佐藤が伝えるが 「なんかあったら連絡して」  と聞く耳持たずで、携帯を振って佐伯は部屋を出ていってしまった。  それに続く姫木は、 「手が空いた時くらい美味いものでも食え。帰りはそのまま帰るから気にしなくていい」  と佐藤に5万円を握らせ部屋を出ていく。  ありがとうございます…と納得いかないまま頭を下げるが、5万を手渡すときの姫木の微笑みをそこにいた3人は見逃さなかった。 「姫木さん今笑いましたよね。こんな状況で笑うの初めて見たかも」  児島が驚いたように呟く。 「ああいうときは怖いんだよ、あの人。相当頭に来てるなありゃあ」  戸叶が見送ったドアを見ながら言う。 「歳も近いしな、売りやってるなんて判ったら腹も立つか…理由はあるんだろうけど」  この世界で生きている以上、そう言った事には寛大ではある。が、そういう現場にいるからこそ、売春の現場がひどいところだと理解しているし、させている方が最低だということも理解している。そういうものを扱う職種の一員だから、身内がしていたら絶望も感じるし何があっても辞めさせるに違いなかった。  友哉は身内だ。  佐伯も姫木も面識があり、塀の内と外ではあるが可愛がってもらった組でも最高幹部の人物の息子だ。その息子がうりをしていたという事実は、さすがの姫木も腹が立ったのだろう。しかも、休戦中の敵対組織と関わり、ことがバレれば一触即発にもなりかねない。 「幹部の息子相手に無茶はしねえと思うけど…」  と戸叶が佐藤に向き直る。  佐藤も同じこと考えていたらしく、児島を呼び 「あっちにいる連中と美味いものでも食って来い。俺らはやっぱばれないようについてっとくわ」  と先ほど姫木から貰った5万を児島に渡す。  双龍会は総勢10人の小さな組だ。しかし、少数精鋭の部隊みたいなもので今回の児島くらいの動きは誰にでもできる組織である。 「ゴチっす」  児島は頭を下げて受け取り、2人は急ぎ後を追うために部屋を出ていった。  

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