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第5話

夕方ということでバイトをしている友哉がいるかどうかが問題だったが、案の定佐伯たちは近くの小洒落たカフェで時間を潰すこととなった。  最初は車で友哉の帰りを張っていたのだが、後からやってきてくれた戸叶と佐藤が張っていてくれるというので、ー来なくてもよかったのに〜ーなどと言いながら任せて店に入った。がそこで思わぬ収穫を得ていた。  2人が座った席の姫木の後ろの席に、児島から画像を見せられていた金子がいたのだ。  友哉の帰りを待っているのだろう。 「どうするか」  違う話でもするように話しながら、コーヒーを啜る。ここのコーヒーは姫木の趣味に合ったらしく、満足そうに口にしていた。 「ここにいるってことは、今日も『仕事』があるってことだよな」  佐伯の言葉にカップを口から離して、姫木はほんの少し口を歪ませる。  金子がここにいる以上、佐伯たちは のこのこ と部屋に向かうことができなくなったということだ。 「今更こんなことで考え直すのめんどくさいな」  少し苛立ってテーブルをトントンと人差し指で叩く佐伯を、姫木は上目で見て 「客にでもなれば…」  と、ぼそっと言った。 「ん?あ、そうかその手があったか」  ぱあああっと晴れたように表情が変わり、お前すげえな、という尊敬の眼差しを姫木へ向ける。 「新参だというから、俺らの名前はもちろん面も割れてないしな」  しかしそう簡単に行くかはわからない。姫木はそっちも心配しろと続けた。  簡単なシステムなどもあるかもしれないし、急に声かけたところで怪しまれるのがオチだ。…が 「まあ、声でもかけてみるさ。ああいうやつどうにでもなりそうだし」  と佐伯は姫木の考えも意に介さず簡単に言う。まあ佐伯のコミュ力が化け物並みなのは重々解ってはいたが、今回はあまりにもリスクが高い。  金子が激昂して暴れても、制圧することなどは自分らには容易いが金子の背景に柳井がいる以上、ことは慎重に運ばなければならないのだ。ー場当たりすぎじゃねえか?ーと問うような目つきの姫木に 「まあ任せなよ」  と立ち上がり、姫木の肩を一度ポンと叩くと佐伯は金子の席へ向かってしまった。  いや、いくらなんでも…という間も無く行かれてしまったので、姫木はもうなす術もなくとりあえずなんかあった時のために革のグローブを取り出し、スマホもテーブルへおいた。 「金子さん…ですか…」  今でも見た目で得をすると言われる人好きのする笑みを浮かべて、佐伯は金子の座る脇へと立つ。 「なんだお前」  こういう態度なんだな、と認識してより下手したてにゆく。 「先日、三茶の居酒屋で知り合った人にこれの相手探してるって言ったら、金子さんという人が代々木上原にいると聞いて探してたんですよ」  親指を立てて『これ』を表現すると、金子は座り直して「ああ」  と言いながら、前に座れと促してきた。割とちょろいやつ。ちなみに三茶は、先日児島が画像を撮ってきた黒狼会の賭場と事務所があるところで、その辺で飲んで聞いたとしたらその関係だろうとすんなり理解したらしい。この状況で、金子が何人かにこのことを話しているという情報も得た。 「探すの苦労してんのかい」 「まあ、相手はいるんすけどマンネリでね」  2人の会話は割と姫木にも聞こえていて、そんな会話を眉根を寄せながら聞いている。 「まあ、決まった相手だとな」  ニヤニヤしながらそう言って、携帯の時間を確認した金子はわざとらしい明るい声で 「お!お客さん運がいいね。今空いてる子いるんだよ。連絡するからちょっと待ってて」  金子はその場でスマホで連絡をとり始める。 「あ、友哉?俺。バイトは終わったか?」  そんな会話をしている後ろで、姫木のスマホが震えた。佐藤からだった。  姫木は立ち上がり、在席の証にグローブをテーブルに置いて店の入り口を出る。電話を取ろうとしたら店内から見えない位置に佐藤がいた。 「どうした」  電話はやめて直接話す。 「新浜さん戻ってきました。まだ部屋には入ってないですが」 「そうか、わかった。こっちもちょっと事情が変わってな、今佐伯が」 「ええ、確認させてもらいました。なので姫木さんに連絡入れたっす」  この組の暗黙の了解で、仕事中には現状が把握できない限り携帯への連絡はしないことになっていた。結構な修羅場の件もあるのが当たり前なので、そんな最中に呑気に携帯は鳴らせないからだ。 「しかしなんでまた、金子に直交渉なんてことに」  店内をそっと覗きながらの佐藤の疑問はもっともである。 「偶然居合わせてな…。金子やつが店ここにいるってことは、俺らはもう部屋に行けなくなったってことだろ…だから…」  言葉を濁す姫木に、佐藤は首を傾げる 「客になって友哉君と会おうってことになってな」  さっきの2人の会話を思い出し、少しゲンナリした顔をする姫木に佐藤も同情の笑みを浮かべながら 「ああ、そういうことっすね。でもいい作戦だとは思います。なんだか監視もついてるようなんで、そういう手段の方がリスクは低いかもです」  ー監視?ー佐藤の報告に姫木は徐に嫌な顔をした。 「さっき新浜さん戻った後で気づいたんですが、マンションの外階段と内階段、そしてエレベーターのあるエントランスに1人ずつ、柄の悪そうなのいるんすよね」  今度は姫木が首を傾げる。 「俺らはさっき部屋に行った時は、エントランスには誰もいなかったが」  佐藤は少し考えて、 「ああ、じゃあ新浜さん個人についてまわっているのかもです。確かに戻って来てからっすもんね、俺らが確認したのも」  逃げる隙も与えないゲスを極めたような行動に、吐き気すらしそうだ。どこまで食い物に… 「しかしですね、俺監視役3人見ましたけど、そのうちの1人は確実に黒狼会の人間でした。新参者の金子になんで組の人間使える権利があるんすかね」  佐藤は何気なく言ったつもりだったろうが、それは言ってから気づくことだった。 「え、まさかそいつらまで…」  言い出しかけた佐藤の言葉を姫木は片手をあげて止めた。これ以上もう、気分が滅入る話は聞きたくない。 「わかった。それも後で佐伯に言っておく。そろそろ話し合いも終わるだろうから、お前は戻っておけ」 「わかりました。俺らずっと外で待機してるんで、何かあったら連絡ください」  気分を悪くさせて申し訳なさそうにして佐藤は戻っていった。  佐藤に罪はない。全部事実だとはまだわかってないのだ。  姫木が今電話が終わったようにスマホを操作しながら店内に戻り、中を確認すると佐伯と金子が立ち上がり、こちらに向かってくるところだった。 「金子さん、こいつがさっき言った俺の、これっす」  そばまでくると、いきなり姫木の肩を抱き、佐伯が金子に姫木を紹介し始める。  親指を立ててナイスーな指を見せてニコニコする佐伯の脇で、姫木も精一杯の愛想笑いをした。 「2人ともでけえなぁ。180は超えてるだろ。うちの商品壊さないでくれよ」  と言いながら下卑た笑いを残し、金子は外へ出る。  佐伯は会計書を2枚姫木へ渡しながら 「うまく話がついた。急すぎだが今からすぐに部屋に行けるってよ。これ払ったらすぐに追いついてこい」  ついでに姫木が置いていったグローブも渡し、金子に続いて店を出る佐伯。 「俺…?」  2枚の計算書をぐしゃぐしゃにしてやろうと思ったが、店に罪はないしコーヒーは美味しかったのでポケットから札を取り出し、レジへと向かった。領収書は間違いなく。  追いついてみると、金子は饒舌に話していた。 「あいつも運がいいぜ。今日客いなかったら、俺にヤられて金も入んなきゃやられ損だったからなあ」  追いついた姫木を確認して、佐伯は並んで金子の後に続く。  たった今金子まで友哉に手を出していた事実を知り、佐伯は特に顔には出さずいられたが。姫木は明らかに顔を歪ませてそっぽをむいていた。先ほどの佐藤との話も思い出し、胸糞悪いことこの上ない。 「このマンションの305号室だ。話は通ってるから、行けば後は向こうがやってくれる。三人てのはあいつも初めてだろうから、お手柔らかに頼むぜ」  ニヤニヤしながら佐伯の背中をどついた金子は、エントランスまで一緒に入りエレベーターに入る2人をそこで見送った。  姫木が周囲を見ると、エントランスの観葉植物の影に男が1人いる。やはり見張りは居るようだ。 「吐き気がする…」  エレベーターの中で、姫木は本当に顔色を悪くしている。  下卑た金子の笑みも、視線も全てが気色悪くて姫木は壁に身を預け天井を見上げた。 「俺もだ…。榊さんの頼みでもなきゃ、一生関わりたくなかった人間だぜ」  佐伯もだいぶ腹が立っているようだった。  姫木がカフェで佐藤と話してる間、間を繋ぐために色々話したが昔の女を風俗に落とした話や、男の風俗についてや聞きたくない話までつらつらと話しまくるので、目の前で話している男が何か変な塊に見えて気分が悪かった。  そして姫木は、佐藤との会話の内容を佐伯に聞かせ監視役の黒狼会のメンバーも、友哉に手を出している可能性があることも知らせた。  最初は、この一件に首を突っ込んだことを少し後悔したが、今は『金子、及び黒狼会のメンバーまでもがが友哉に手を出していた』という事実が、1番2人の神経に障った。  友哉は何故、榊を裏切ってまでこんなことをしているのか、多少乱暴にでも突き詰めたい衝動に駆られていた。 が、実際はそうも行かないので、部屋の前まで来た2人は軽く深呼吸をして部屋のインターフォンを押す。  チャイムがなり終わらないうちにドアが開き、俯き加減の長めの髪が迎えてくれた。俯いたまま顔も確認せずに 「どうぞ」 と招き入れ、 「鍵かけてくださいね」  と言い残して奥へと歩いてゆく。  友哉が来ているのは既にバスローブで、2人が入ってゆくと一つのドアの前で立ち止まり 「先にシャワーでも浴びるならここですから」  と、相変わらず俯いたままで部屋の案内を始めた。  佐伯はそんな友哉の腕を優しく掴んで 「何もしなくていいから、とりあえずリビングに行こう」  と背中にそっと手を当てた。友哉はその言葉に顔を上げ、顔を確認して息を詰める。  そして咄嗟に奥の部屋に逃げ込もうとした身体を、いつの間にか後ろに回っていた姫木に抑えられ、要所を押さえた掴みにみじろぎができない友哉は、もうこれ以上下げられないというほど頭を下げて顔を隠した。 「とにかく、話がある。リビングはこっちか?」  もう一つのドアを返事も待たずに開けて、確認すると3人はそこへと入っていく。 「とにかく、座んなよ」  上着を脱ぎながらソファの前のクッションに座り込む佐伯の前に、姫木がそのソファへ友哉を座らせた。 「なんで…」  抗争後、しつこく狙われていた時に護衛をしてくれた2人。年が近くて気さくに相手してくれた、今では高遠の裏の看板になっていると聞く2人。 「どういうことなのか説明をしてほしい」  タバコに火をつけながらそう問う佐伯だが姫木は気づいていた。佐伯は普段と違うタバコを吸っている。  大抵は1mgとかを吸っているのだが、こういう事態になるとキツいタバコに自然と切り替わるらしい。今日はショートホープ。 「榊さんが心配してる。俺らは榊さんからの言いつけで、友哉君を調べさせてもらった。だから俺らはここにいる。わかるな」  高遠の特攻隊がコトを起こす前に入念な調査を入れると聞いたことがある。ここにこの2人がいるのならば、今自分が隠していることもきっと知られてはいるのだろうと友哉は思う。 「そして調べた内容は榊さんに報告する義務があるんだけど」  その言葉に友哉の視線が、佐伯に縋るように絡む。 「榊さんには、言わないでくれ、頼むから」  そう言われてもな、と佐伯は少し困った顔で灰皿にタバコを押し付けた。 「ちゃんと話してくれたら、内容によっては相談に乗る」  項垂れる友哉の脇に姫木が座り、そう言って背中を一度撫でた。

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