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第8話

助出方は、先にお客達に事情を話し盆周りが片付いたところへ4人を通し、布張りの畳の長い方へ4人を座らせた。  胴師の長谷部と、先ほどから威勢のいい声をあげていた出方の2人も4人と向き合う位置へ移動しており正面切って対峙する。 「何事ですか?」  元々無表情そうな顔に、不機嫌の色を載せて長谷部が盆切りの端に立つ黒田に問う。 「そうやで、いきなりなんやねんな。お客さんにも失礼やで」  長谷部の両隣で出方を務めているのは、長谷部が世話になった神戸は北村組の東野と岸田だ。今喋ったのは見た目にも血の気が多い岸田で、ずっと黙っている東野は落ち着いた性格な訳ではなく、邪魔をされて怒っているために無言なだけである。 「邪魔をして悪かった。しかし、滅多にない勝負をさせてやるぞ」  黒田が3人を宥め、その際その隣に柳井の2代目を確認した長谷部は一瞬驚いた顔をしたがその後静かに頭を下げた。 「あれが柳井の2代目か?えらい優男だな」 「ちゃうで岸田。あれは別嬪言うんや」  長谷部の後ろでこそこそと話したつもりだろうが、元々声量の多い2人だ、その声はしっかり柳井に届いていた。  柳井の最も気にしているところだが、今は無視をした。 「3人の前に控える者達が、800万の借金の返済に勝負を申し込んできよった。手本引き3本勝負だそうだ。受けてくれるだろう?」 「なんやて?」  岸田が疑わしい目つきで、目の前の友哉と龍一を見る。並んで座ってるとは言っても、佐伯と姫木は2人より膝下分ほど後ろに下がっており、3人の目の前にはいかにも素人然とした友哉と龍一しかいないのだ。 「両脇の2人ちゃいますの?盆に付いてるお二方は、どう見たって堅気のお人や」  こんな状況だが、龍一は自分が堅気に見えたことに内心嬉しさを感じていた。 「この2人で、どうぞお願いします」  なんだかえらく余裕があるように見える佐伯に岸田の目が細まる。 「あんた、ただ(もん)やないな。名前聞かしてもらってもええか」 「無作法に無作法を重ねました。勝負をさせていただくのは、こちらが新浜、こちらが越谷です。そして控えさせていただいております我々は、向こう端が姫木、そして自分は佐伯と申します。以後お見知り置きを」  名前を聞いて漸く前に座る者達が高遠の関係者だと理解し、佐伯と姫木に関しては 「話は聞いたことあるで。そうか、あんたらがな」  と岸田が1人納得する。その一方で東野は 「お見知り置いたかて高遠と馴れ合えへんから関係あらへん。ちゃっちゃと始めるで」  愛想も何もあったもんじゃないことを言って、東野は外してあった肩布を長谷部へかけなおした。 「愛想のないやつで済まんな。こいつは東野言います。俺は岸田や。胴師務めはるんは長谷部さん言います。どーぞよろしく」  人の良さそうに話してはくるが、最後の一言はかなり煽って来ている。  佐伯も姫木も気づきはしたが、この場では仕方のないことだ。  そんな色々含まれた挨拶の後、長谷川は引き札を手にして 「それでは」  と発し、肩布の中に札ごと手を入れた。  いよいよ始まる勝負に、先ほどまでここで楽しんでいた客達はすべてギャラリーとなり、ことの行末を見据える体勢をとる。 「入ります」  肩布の中で札を探り、十数秒後に一枚をとり手前に置かれた手拭いの中へ忍ばせた。 「さあ張ってくれ。素人さんへのサービスに3枚がけの勝負でええで」  随分きまえのいい申し出に龍一はほんの少しだけ気が楽になる。6枚の札のうち3枚かけられるのなら、当たる確率も上がるから。 「掛け率は…」  恐る恐る龍一は気になるところを聞いてみる。 「なんや、あながちド素人でも無さそうやな兄さん。掛け率は1枚といっしょでええで」  ますます気が楽になる。 「あ、あざーす」  となると、最初くらいは軽く行っといて…と考えている時友哉が小声で 「3枚かけられるなんて知らなかったっす」  と言ってきた。  前に6枚の札を並べて手前に捲るように数字を確認しながら 「なにお前、ずっと1枚掛けでやってたのか?」  と、こちらも小声だが驚いたような声で友哉を見つめる。めくって中身を見ながら、友哉が一枚一枚選んでゆく中で 「はい、そう言うもんだと思ってたから…」  龍一はこの勝負の根深さを、今更ながらに理解した。  そんなことを話しながら友哉が選んだ数字はニ、四、六の丁目(偶 数)。それを裏向きにおいて顔を上げる。 「色々相談しとったようやけど、それでええか?」  相談していたわけではないが、友哉が頷いた。 「それでは勝負」  長谷部の指が、まず前に置かれた木札を一つ右に走らせた。 「サンゲンの二」  続けて手拭いを開くと 「中も二」  岸田の張りのある声が静かな盆に響く。 「ニないか?ニないか?」  煽るように言われ、友哉は一枚ずつ札をめくった。一番右から捲ると順番的に出てくるのは六、次が四。誰もがまさか全部丁目(偶 数)なんて事は…と思いながらも友哉の手を見つめ、最後の一枚がニを出すと、場が沸いた。 「おお〜随分素直な張り札だったな」 「でも勝ちは勝ちだな、先ずは一勝だ」  ギャラリーが沸く中、龍一は次の手を考える。誰かが言っていたが素直な張り札、そうなのだ良くも悪くも友哉は素直すぎる。しかし札は自分()は選べない。どうしようか。この性格はもう見抜かれたに違いないのだから。  両端の2人は、取り敢えずの一勝にも顔色を変えず静観していた。 「岸田、3枚はサービスしすぎと違うか?」  岸本も実はそう思っていたのだが、言ってしまった手前戻せない。 「ええて、それをさせへんのがプロやで。なあ長谷部さん」  岸本の声にも表情ひとつかえず、長谷部は札をとり次の勝負を始めた。  手拭いに札が入ると、友哉は今度は自発的に札を選ぶ。自分の勘をどれだけ信じているのか判らないが、佐伯の命がかかっているのだ。慎重に行ってくれと龍一は願うが、一応見せてくれた札を見て頭を抱えた。しかし、既にその札は並べられてしまっていて回収は不可能。  今回友哉が選んだのは一、三、五の半の目だ。いくらさっき丁目(偶 数)だったからってなにも馬鹿正直に半目(奇 数)にしなくても…と龍一は泣きたくなった。向こうが裏を読んでくれれば或いは…という可能性もない事はない…が 「勝負!コモドリの六、中も六」  ですよねえ…と龍一はガックリと肩を落とした。そんなに甘いものではない。 「六ないか?」  問う岸田に龍一は両手をあげた。 「一勝一敗か」  岸田が嬉しそうに笑う。  場は、友哉の負けに、ため息とどよめきを漏らしていた。  このギャラリーは、一体どちらを応援しているのか。 「次で最後や」  今の札でもう完全に友哉の性格は長谷部(向こう)に読まれた。まあもう既に読まれてはいただろうが、より確実に友哉(この男)は把握されただろう。  今度は丁目(偶 数)で来ると思いきや半目(奇 数)で来るぞ、というその逆を読むと龍一は判断した。しかし単純な友哉の性格を読んでくるなら、最初の勝負目で遊んでくるような気もするし、丁目を向こうが選ぶならまだ使っていない四を選ぶ性格なような気もする。  龍一の頭はフル回転で相手の思惑を判断してゆく。長谷部が札をしまったのを確認して、友哉にもう一度全て偶数目で出してみるか?と持ちかけた。  友哉は素直にそれに従い、目の前に伏せられた3枚は全て丁目(偶 数)龍一の頭では丁目(偶 数)は全て外せなくなっているのである。だとしたら自分がやれることは… 「勝負!」  岸田の声と共に木札が寄せられ、 「サンゲンの三」  手拭いが外され 「中も三!」  ほら来た。龍一は覚悟を決めた顔をして札を開け始める。  最初の1枚目は四。  周囲がどよめく  次に捲られた札は六。  最後の一枚を残して場は静まり返った。皆が皆、この素直なド素人はまた馬鹿正直に丁目できやがったと絶対に思っている。実際そうなのだが、龍一は最後の札に手をかけた。  岸田も既に勝ちを想定してニヤリと笑っている。  そして最後の札が捲られた。  三 「なんやて!」  岸田の声に重なって、場が沸き返った。 「よくやった坊主!」 「これで借金なくなるんだろ!すげーぞ!」  周りが騒ぐ中、佐伯は友哉の頭を抱えて 「よくやったぞ!友哉よくやった!」  と髪をくっしゃくしゃに混ぜ返す。そんなことをされている友哉は、その場で一番訳のわからな顔をしていた。 「龍一!ご苦労さん!よくやった、ありがとう!」  佐伯に握手をされて笑って見せるが、一番疲れているのは龍一だろう。なにせ、全員が自分の手元にこの場の全員が注目する中で、ニの札を三に化けさせたのだから。 「いい読みやったな」  岸田が強引に龍一の手を握り込む。 「いやいや…」  苦笑して龍一は、じゃあと岸田から離れた。   長谷部は、きっと勝ち負けに限らずこう言う感じなのだろうという感じで、肩布を外し綺麗に畳みその場に座り続けた。  佐伯は立ち上がり、盆の隅にいた黒田の前に行き 「受けてくださってありがとうございました」  と礼をする。 「いや、本当のところ参ったと言うしかないでしょう。仕方ない、借金は帳消しということにします」   黒田の顔つきは苦々しいものだったが、自分が受けた勝負では仕方がない。 「有難うございます」  佐伯の隣まで来ていた友哉も一緒に頭を下げた。 「しかしすごいな、そっちの人は」  柳井が龍一に向かって軽く拍手する。 「こいつは大学(学校)ダブってまであそびに命かけてるやつですからね、頼もしいやつです」  そんな会話の端で、どうもーと頭を下げながら、龍一は柳井の言葉にはビクビクしていた。  札のイカサマは、角度によってはとても見やすいのだ。ちょうど黒田と柳井が立っている辺りが見えやすい場所だったから、龍一は気が気ではない。ーしかしすごいなーの含みが龍一には一番怖かった。 「佐伯…俺外で待ってるわ。タバコも吸いたいし」  疲れを理由に、龍一はその場から離れたかった。佐伯はそんな思惑も知らず、友哉も一緒に連れて行くように頼んだ。 「借金の件は本当に有難うございました」  もう一度礼を言って、佐伯は本来の眼光を見せて来る。 「この件はこれでお終いということにしていただくということは、さっきの友哉というやつにはもう、手出しは無用でお願いいたします。あの通り堅気の世界で生きていますので、どうかその辺了承下さい」  双龍会の佐伯の目でそう言われては、こちらも面子として約束するしかなかった。 「わかった」  黒田は頷いて、しっかりと目を合わせた。  それではと言って佐伯は去ろうとしたが 「あそうそう、言い忘れてました」  と、不意に振り向く。 「黒狼会(こちら)の下っ端に『金子』ってのがいると思うんですが、これから先そいつに何かあった時は、俺たちの正当防衛と思ってください。ちょっと色々されてるんで、正当防衛にしかなりませんから。よろしくお願いします」 そう言って扉へ向かった。  部屋を出る際、佐伯はお楽しみの邪魔をしてしまったお客人達にもきっちりと挨拶をして、実は勝った時のために入り口脇に用意しておいた日本酒をニ本、黒田にー皆さんでーと渡して今度こそ場を後にした。 「やられたな、黒田」  柳井の言葉に黒田は恐縮したように笑う。  柳井はいい部下を持っている牧島を思い、仕方なさそうに肩をすくめた。   ビルの出口を先に出ようとする佐伯を、姫木は呼び止める。  振り向くと、姫木は黙って歩み寄りそして追い抜き様に 「今度から、命賭ける時は事前に言ってくれ。心臓に悪い」  と言って先に出て行った。  佐伯は悪かった、と聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟き跡に続いた。  車の中でぐったりとしている龍一の隣で、友哉は落ち着かなそうに龍一を見ている。  さっき賭場を出た時に2人になって、話をしようとも思ったが、まだ『現場』に近すぎてそこは配慮していた。 「なんだ友哉。一件落着したんだし、もっと晴れやかにさあ」  お前が晴れやか過ぎんだ、と運転している姫木は思うが佐伯をちらっとみるだけにとどめた。 「あ、うん…でも、おれ…最後の勝負の時、3枚とも偶数しか出さなかったんだ…けど」 「ん?だからいいんだろ?最後に勝ったのは三なんだし…はあ??」  ナビシートの佐伯は、ただでさえでかい体を物凄い速さで反転させて後ろに向き直る。 「偶数ってえと。2、4、6か?」  こくりと友哉は頷いた。 「だからどうしようっ、て俺テンパってたんだけど、捲ったら何故か…」  窓にもたれて目をつぶっていた龍一が、うざそうに起き上がってくる。 「お前が命なんてかけちまうからやってやったんだよ。あの一瞬だけでグッタリだぜ」  あの場でのイカサマに、姫木も運転席で些か驚いていた。 「なのにてめえは、柳井とかいう優男とベラベラベラベラくっちゃべりやがって」  相当お疲れの模様だ。  龍一は、わざと友哉に丁目(偶 数)を張らせた後イカサマをやる覚悟をしたのだ。 「最初ニの次に六来たから、半目(奇 数)でくるならニの次の三で来ると読んだんだ。(ピン)は実はあのゲームでは暗黙のルールでださないことになっててな、だからない。五は六を出してきた以上あの胴師は数を戻さないと踏んだんだよ。丁目(偶 数)は実は全部怪しかったから、ああするしかなかった」  そう言い切って再び窓に懐く。 「龍一…お前ってほんとこういうことには天才的だな」  佐伯と友哉がほとんど尊敬の目で龍一を見つめた。 「やめろよ気色悪い。そんなに感心したんならなんか食わせてくれよ酒もつけて」  龍一はさっきから窓の外を見ていて、どうやら今日はクリスマスイブだということに気付いたのである。 「シャンパン飲ませろワイン飲ませろ七面鳥食わせろ」  と騒ぎ出し、そんな龍一を面白く見ていた友哉が 「じゃあ今日は俺に奢らせてください。今回の件では本当に皆さんにお世話になったんで…俺なんて言っていいか」  以前よりはずっと明るい表情に戻った友哉がそう言って頭を下げた。  そんな友哉の頭を、龍一が佐伯の代わりにポンポンと撫でて 「もうニ度とすんなよ?あんなはちゃめちゃな手本引き俺初めてだったんだからな」  と笑って髪を混ぜ返した。  佐伯も 「いい勉強したと思ってな、ほんとだよ2度とこんなことすんなよ」  と、代わりに撫でろと龍一に頼んで、龍一はもう一度頭をポンポンする。 「じゃあせっかく奢ると言ってくれたんで、どっかしけこんでレッツパーリーしようぜ」  と、1人盛り上がる龍一だったが、佐伯に 「悪い、事務所で榊さんが今日の件で待ってるんだ。なんか買ってくんならいいぞ」  龍一は徐にガッカリして、 「お前んとこでパーリーなんてやりたかねえよ。じゃあ、しょうがねえな、ちょっといいもんテイクアウトして食わせてくれ。腹が減り過ぎて力が出ないよ」  ○パンマンのような口調で言う龍一に 「じゃあホットモットの弁当で」  笑いながら佐伯が言うと、 「ふざけんな!」   と 龍一は大激怒。 「わかったから」  と、姫木と相談して馴染みのイタリアンの店に連絡し、クリスマスイブを事務所で野郎同士で固まっている皆んなの分も含めてテイクアウトを頼んだ。  暫く車内は静かだったが、不意に龍一が友哉に寄ってゆく。 「悪いけど話聞いたよ。でさ、俺疑問なんだけど、無理矢理男にされて勃つの?」  前の席から 「おいっ!」  と怒気を孕んだ声が同時に聞こえてきた。 「何聞いてんだよお前」  佐伯が呆れたようにふりむく。 「だってよー、その気んなんなかったら男相手じゃ…ましてほぼ無理矢理やられて 勃つか?」 「その気があれば、男相手だって勃つだろ」  佐伯と姫木の関係を知っている龍一は、まあ…その気があればな…とちょっと流し気味に頷いた。 「けど、全く知らない奴が来て、さあ始めましょうじゃその気も何もなくね?」  友哉は黙って聞いていたが、言いづらそうに話し始める。 「薬…を貰いました」 「薬?」  佐伯の目が険しくなった。 「常習性はないって言うんで、俺も楽にできるならって貰って飲みました」 「それってカプセルか?」  龍一もちょっと難しい顔をする。 「そう、このくらいの」  指で大きさを示した友哉は、佐伯と龍一の表情の変化に萎縮した。  どんなことにしろ、薬を服用したというのがいいことだと自分でも思っていないから、その2人の表情には俯くしかない。 「それ飲むと、なんかすごく…その気になるっていうか…効いてくると別にやらなくても気持ちいいんすけど、まあ…飲まないとやってけないって感じで…」  佐伯と龍一は確信した。 「MDMAだな」  龍一の言葉に佐伯も頷く。  MDMAは友哉も聞いたことくらいはあった。 「実物見てないから確証はないけど、多分。あれは身体を壊す度合いも効き目と同等だって聞いたぜ。しかも今現在は非合法になったはずだぜ」 「お前使ったことあるのか」  佐伯の言葉に、まあ、1、2度はと龍一は答える。 「まあ、あれ飲めばできるだろけど…。どのくらいの期間飲んだんだ?」  とりあえず傍目からは、友哉の顔色も身体もどこも悪そうには見えないからまず心配はないと思うが、一応飲んだ日数や回数によっては検査をした方がいい。 「2週間くらいかな。毎日」 「毎日?」  やったことがない訳じゃないから偉そうには言えないけれど、ー毎日は…よくねえわ…ーと龍一は友哉を嗜める。  しかし、飲まなきゃやってられないという事情も理解はできる。 「とにかく、検査してきな」  龍一はなるべく優しく言ってやった。  常習性がないだけを信じて、身体が壊れるということを考えもしなかった友哉は些かショックを受けている。  佐伯は既に前を向いていたが、薬まで使わせていた金子に腹立たしさが増して行っていた。

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