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第139話 無かったことに

   少し困りながら、美樹ちゃんが泣き止むのを待っていると。 「……すごくムカつく、けど……」 「ん?」  ……ムカつくっていう言葉が似合わないなぁ。  と思ってしまうけど。きっと、言葉通り、ムカついてるのだろうけど。何に?   「……推薦文書くのは、悩まなかった」 「ん。……え??」  意味は分かったけど、意外で、ぽけっと美樹ちゃんの顔を見てしまった。そしたら、ちょっと嫌そうに眉を寄せて、美樹ちゃんはオレを見つめ返す。 「適当に作ろうと思ったけど……すぐ書けた。嘘は書いてない」 「え。……何を書いたの?」 「……それは言わないけど」  ぎゅ、と手を握った美樹ちゃんに気づいて、ふ、と顔を見つめる。  また結構な沈黙の後。美樹ちゃんが、息をついて、少し視線を落とした。 「……私は、颯が……あなたを気に入ってるの、知ってた」 「――――……」  また、思ってもなかったセリフ。  なんて答えたらいいのか分からないし、言葉が続きそうなので、黙って待っていると。 「……あなたが絡んできた後の颯。いつもすごく楽しそうに見えて……最初は他にそういう人が居ないからだろうって思ってたけど……」 「――――……」 「……途中から、颯がすぐ女の子と別れるのも……あなたのせいじゃないかって、思ってた。あなたと絡むのが、一番楽しいって思ってる、からじゃないのかなって……」  なんて言ったらいいんだろ。……ここで、まさか喜ぶわけにはいかないし。  美樹ちゃん、何のつもりでこんな話をしてるんだろう。 「だから大学に入って、あなたが絡まなくなって……そしたら颯も、あなたのとこに行くわけじゃないし。良かったって思った。……だから私、告白したの。あなたが居ないなら、もしかしたら、颯とずっと一緒に居られると思ったから」 「――――……」  それを聞いて、ああ、そっか、と思った。それで、美樹ちゃんが付き合ったのは、遅かったのか。  そうなると、オレって、色々タイミング的には最悪なんじゃ……。そりゃいやだよね……と、どんよりしてくる。 「でもしばらくして、あなたとすれ違った時に、颯がびっくりした顔で、あなたを振り返ったことがあって……そのまま、動かなくて……嫌な予感はしたけど……結局その後、颯に、やっぱり友達が良いって言われて……まだ付き合ったばかりで、付き合ってるといってもまだ何もなかったから……颯は、私を友達に、戻してくれた」  ぼろ、と涙がまた零れる。 「他の女の子たちみたいに離れないでいいならって……友達でいられるならって、別れるのは一回受け入れたけど、私、全然諦めてなかった」 「……」 「だって、あなた、αだったから。α同士で付き合うなんてことは、あなたたちの家だと無いって思ったし……」  そこまで言ってから、美樹ちゃんは、オレを涙目で睨む。 「なのに何なの、変性って。もう信じられないし……」  ぼろぼろ。 「あなたが具合悪そうに歩いてた時、見かけたけど一回離れて校舎に行ったのに……窓からあなたを見て、体調悪そうだから見てくるって走っていった。その時も、私、一緒に居た。すごく心配そうで。……っそしたら……次の週には、結婚するって……もうもう、意味分かんないし……!」  …………ああなんかオレ。  こんな時なのに。颯、オレを想っててくれたのかなって思ってしまう。  オレはアホみたいにわーわー絡んで騒いだ挙句。もう張り合いたくないからとか言って、颯から離れたのに。  今、美樹ちゃんが言ったことは、颯も言ってたよな。すれ違った時に匂いがしてって。αでも好きな奴の匂いは分かるのかとか……それで美樹ちゃんと別れたって、言ってた。  美樹ちゃんは、そこらへん全部一緒に居て、颯の気持ちとか、ちゃんと分かってたんだ。  颯のことを大好きなのに、ずっと見ていた美樹ちゃんの気持ちが。想像すると、何かが胸に突き刺さるみたいで。 「……なんか……ごめんね」 「っ……謝らないでよ……! 別に謝ってほしくないし……」  言うと、美樹ちゃんはさっきは無視した、オレの置いたティッシュを出して、顔を背けて、鼻をかんだ。 「……はい」  そして美樹ちゃんはオレにティッシュを差し出してくる。 「あなたも鼻かんでよ。……私より泣いてるの、意味分かんない」  もう、と息をついてる美樹ちゃんに、確かに、と受け取る。  オレも、鼻をかんで、涙も拭って、少しだけすっきり。  空いたティッシュの袋にティッシュを丸めて、美樹ちゃんのもそこに入れて貰って、端のごみ箱に捨てて、美樹ちゃんの前に座り直した。 「だから。私、もう、ほんと、むかつくから……ちょっとでも困ればいいって。辞退するにしても、いっかいびっくりして焦ればいいって。……思ったの」 「――――うん。分かった」  まとめのように言いなおした美樹ちゃんに、一度しっかり頷いた。すると、今度は、大きなため息とともに。 「でも、そしたら……颯に悪くて……。なんか気まずくて、颯に話しかけられなくなっちゃうし。それも、孝紀に言われてたのに。……分かってたのに。だから……さっき、孝紀に言われて、一緒に、エントリー取り消しに行ってきて……」 「え。あ、取り消してくれたの?」 「だってどうせ辞退するんでしょ……」 「うん。するつもりだった」  苦笑しながら言うと、もう消したから。と言われて、ありがと、というと。 「お礼を言うのおかしい……」  と突っ込まれた。 「そっか。……んーと……じゃあもう、無かったことにしちゃおっか」  言ったオレに、美樹ちゃんは、え? と驚いた顔。 「あれ。……だめかな。 もうエントリーもしてないし。無かったことにしようよ」 「……できる訳ないでしょ。だって私……困らせようと」 「別にそんな困ってないし。オレの中ではもう、無かったことにする」 「――――」 「颯も平気だよ。だって、もしエントリーしたのが美樹ちゃんたちだったとしても、美樹ちゃんと孝紀が気まずいなら話すけど、そうじゃないなら大丈夫、みたいなこと言ってたし。てことは、気まずいのは解消して仲良くしていきたいから、ってことだと思うし」 「――――……」  美樹ちゃんは、オレを見つめて、ため息をついた。  ……あ。考えなさすぎ? 無理なのかな……? 「……だから。もう……やなのよ」 「え?」 「……颯が、あなたを好きなのが……なんか分かるから……悔しい」  え、と思った瞬間。  美樹ちゃんはまた、ボロボロ泣き出した。

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