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第9話 「なぁ、ミロってどう書くんだ?」
次の日の朝一番に省吾はノアに呼び出された。
ジェドに連れられてノアの研究室に向かう。
「おはよう! 省吾。顔色も良くなっているね! 一安心だよぉ~」
ノアは省吾の顔を見るなり嬉しそうに両手を叩いた。彼の隣にはサイもいた。
「あれからよく眠れているの?」
「うん。まぁ……。おかげさまで」
省吾は苦笑して返す。
「よかったぁ〜。俺達心配してたんだよぉ~。ね、サイ」
「友達扱いしないでちょうだい。私の仕事に間違いはないんだから当然よ」
ふん、とサイはノアから首をそむけて胸を張る。
「サイの仕事に間違いはなくても別の物質が省吾にとって毒になってるかもしれないし~」
「そう。それでアンタの体を検査したいのよ。いいわよね?」
サイはつかつかと省吾の方に歩いてくる。サイのほうが少し背が高いので見上げる形になった。
「ああ、そりゃ、ありがたい。よろしく頼むよ」
彼らにとっては実験対象なのだろうと思いながらも、こちらでの自分の体を知っておきたいのは省吾も同じである。ホッとしたようにノアは頬を緩ませる。
「よかったぁ〜。俺、できる限り省吾には長生きしてほしいから、頑張るよぉ」
「……ノア」
彼の笑顔に心が暖かくなる。
「いきなり異世界から連れてこられて自分の体に合わないモノ食べさせられて不安でしょ? 安心して。もうそんな事はさせないと私が約束するわ。分解と分析にかけては私ほど出来る人は歴史を見ても滅多にいないんだから」
サイも片目をつむり微笑む。
「サイ……」
不覚にも視界が滲む。
二人の優しさが嬉しかった。
「……ありがとう」
省吾も笑う。
そんな省吾の肩をノアとサイがガッチリと掴んだ。
「それじゃ、体から出せる液体を全部出してもらいましょうか。涙、鼻水、唾液、尿、汗、血液、精液。全部お願いね」
「え」
「それをサイが分析して俺が研究するんだ。できるだけたくさん欲しいなぁ」
「いや、尿や精液って……」
肩に食い込んだ手が動かない。
省吾のためと言いながら、彼らの知的好奇心を満たすためなのではと思ってしまう。
「何なら私がしごいてあげてもいいわよ」
「俺隣で応援するね」
「遠慮します!」
こうして省吾は体中の色んな液体を抜き取られ、午前中いっぱいが潰れてしまったのだった。
鍛錬が終わり、〝お勤め”の時間になった。
午前が潰れてしまったので鍛錬後に必死に覚えた文字を石板に書いてミロに披露する。
「へぇ、午前が使えなかったって割には中々覚えてんじゃねぇか」
ミロは満足気に石板に大きく◯をする。正解を表す時の表記は日本と一緒らしい。
「大体7割ってところかな。これなら来週には完璧になってんじゃねぇの?」
「そうか?」
褒められて嬉しくて顔が緩む。ミロも省吾を見て目を細めた。
「……何」
「ん~、かわいいなって」
「え」
面と向かって褒められて省吾は頬が熱くなった。
「なんか近所の子供に教えてるみてぇ」
しかし続く言葉に唇を尖らせる。不機嫌そうになった省吾にミロは悪いとまた笑った。
「ごめんごめん。子供扱いして。違う言語を覚えようとしてんだから大変だよな。悪かったって」
そういうことではない。けれど、あまりにも楽しそうにミロが笑うものだから省吾は毒気を抜かれた。
「勉強は苦手だけどな。なぁ、ミロってどう書くんだ?」
尋ねると、ミロは一度石板を布で拭って文字を消してから文字を5つ書いた。
「これでミロって読むんだよ。こっちが母音で、こっちが子音。最後のこの文字は発音しないけど人の名前を表す時に使われるんだ」
省吾は石板の文字をまじまじと見る。
こちらの文字はアルファベットのように母音と子音をあわせて読む形式のようで、英語の概念をぼんやりとわかっている省吾からするととっつきやすいものだった。
じ、と文字を見て覚えようとする。
ミロの手が動いて今度は6文字の言葉を書いた。
「これがショーゴ。覚えておけよ」
こう書くのか、と省吾はマジマジとミロの名前の下に書かれた自分の名前を見る。次第に鼓動が早くなる。嬉しかった。
「おう。何度も書いて覚える」
に、と笑ってミロを見る。
ミロもいたずらげに笑って省吾の手を掴んだ。
「じゃ、そろそろお勤めの時間かな」
指と指が絡められる。省吾は気恥ずかしくて目を伏せた。
「う……、あ、うん」
そのまま手を引かれベッドに連れて行かれる。
先程までの友人の雰囲気はすっかりなくなり、まるで恋人同士のような雰囲気になっていた。
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